1.へたっぴ

【プロキオンズ・ホワイト】




「オレといたら、ダメになりますよ」


そう淡々と告げる彼は無表情のまま、ぼんやりと目前に広がる白い壁を眺めている。
薬品の匂いが染みついた病室で、ベッドの上に漸くといった体で身を起こすその左目の上から、ぐるりと巻かれた包帯。
その下にあるものは、もう使いものにならないのだと彼を診た医師からは言われている。


「アンタがオレの傍に居ることはない。オレに囚われる必要なんてないんだ」


本当はわかっているんでしょう、とでも言いたげに、口元を歪めて嗤う姿は見ていて痛々しい。
彼の左目に収まっていたのは、亡くなった親友から譲り受けたものだと聞いている。
その話を口にする時、彼の口調が本人も気付かぬ内に熱を帯びるのを知るのは多分、オレだけだ。
その身亡き後も彼の一部として共に在り、生き続けていた、それ。
不謹慎ながら、彼の親友に対して少しばかり妬けたことも覚えている。


「もしかして、オレのこと哀れんでる?もしそうなら、止めて下さいよ。同情なんてされたくない。オレはひとりでも平気なんだから」


まるで己に言って聞かせているようにも取れる、その言葉が哀しい。
彼は先程から一度も、ベッドサイドに佇むオレを見ない。
こんなに傍に居るのに、遠い。近付きたいのに、近付けない。



オレを突き放して、そこに在るもの全てを拒絶して。
そうしてアンタは何もかも抱えるつもりなのか。
ひとりで。
死ぬまで。



・・・・アンタはバカだ。大バカだ。
その上、へたくそで、不器用で、本当にどうしようもない人だ。



気付くとオレは、彼へと腕を伸ばしてその身体を抱きしめていた。


「オレはアンタを哀れんでいるつもりも、同情しているつもりもありません。アンタがイヤになれば、勝手にどっか行きますよ。でも、それを決めるのはアンタじゃない。オレなんだ」


腹の底から湧いてくる、怒りにも似た感情のまま一気に捲し立てれば。


「ありがとう」


ぽつりと零れた彼の声は少し震えていて。
それにこみ上げてくるものを堪えながら、オレは彼を抱く腕に力を籠めた。






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