10.こんにちは

【RETURN&BACK】




初めてその男と会った時、オレは物の道理などわからないほんの子供で、対する男はオレより随分年嵩であったと記憶している。
男の実際の年齢など、当時のオレには知りようもないことだった。
それでも子供のオレの目から見て、歳はそこそこいっているように見えたのだ。
両親共通の友人として父親から紹介された男は、オレに『はたけサクモ』と名乗った。





「こんにちは、イルカくん」





男にしてはきれいな面立ちと、低く通りの良い声。
低い位置でひとつに結われた銀色の長い髪は、穏やかな日差しを弾いてオレの目に白金の輝きを残す。その顔に浮かんだ微笑みは、真直ぐオレへと向いていた。
しかしながらオレは、そこから逃れるように父親の背後へと隠れていた。普段から人見知りなどしないオレのこの行動に、父親は随分と驚いていたものだ。
けれどもし父親がいなければ、その場から逃げ出していたかもしれない。
オレは子供ながらに、男から漂う不気味さを感じていた。
見ようによっては繊細さすら感じさせる容貌の奥底に潜む、ぴんと張り詰めた気配。僅かでも触れれば崩れ落ちそうな均衡の下、獲物を待つように口を開ける暗い穴が見える気がしていた。
コレに近づいてはいけない、という本能にも似たものが、緊張感となって全身を巡る。
そんなオレを見、男はどこか興味深そうに目を眇めていた。
・・・ただ、もしそれだけのことならば、幼少期の思い出のひとつ、として終っていただろう。
そうならなかったのには、事情がある。
それはオレが17歳になったばかりの頃、故意か偶然かはわからないが、男と再び目見えていたことにある。





「こんにちは。はじめまして?」





その時、男はオレに『はたけカカシ』と名乗った。
『はたけサクモ』に息子が居る、というのは有名な話だったし、目の前に立つ男はどう見ても20代そこそこに見えた。
しかし男と対峙した瞬間、オレはぞわりと総毛立つものを覚えていた。男からは、過去に感じたものと寸分たがわぬ不気味さが滲み出していたのだ。
思わず目前から遁走したくなるそれに、オレは確信する。
これはあの男だと。
咄嗟に身構えるのがわかったのだろうか、男はにっこりと笑って―――但しその目は一切笑っていなかったが―――「久しぶり」と言った。
そしてそのまま、オレは男に陵辱された。
何故、とか、どうして、という疑念を挟む余地すらないくらいに、男の行為は唐突で荒々しいものだった。
無理矢理床に引き摺り倒され、クナイで服を破かれ、強引に膝を割られた。
恐ろしさのあまり、逃げることはおろか声を出すことすら出来なかった。
それでも、慣らすことをせずに突っ込まれた時は辛うじて「いたい」と口に出したのだが、完全に無視された。
男は僅かも拘束の手を緩めなかったし、最後までオレを感情の薄い、背筋が凍るほど冷たい目で見ていた。
しかしこの日を境に、オレは男のものとして扱われるようになったのだ。






現在でもオレは、男のものとして扱われている。
その間にオレは着実に歳を取り、もう三十路も目前というところにまでなった。
そして男はといえば・・・あれからまた着実に若返っている。
「2回目に会った時のアンタと同じくらいなんじゃないの」
今の姿をそう評する男は煙草をふかしながら。
「アンタもオレを抱きたい?抱きたいなら、抱いてもいいよ」
本意かどうかも定かでないように言って、唇の端を持ち上げている。
この、試すような口振りは、男の癖だ。それにいちいち噛み付いていてはとても持たないことを、オレは長い間に学んでいる。
「遠慮しときます。犯罪はワリに合いませんから」
至って素っ気無く告げれば、男はどこか楽しげにくつくつと喉の奥を震わせて笑う。
「・・・アンタも言うようになったねぇ。じゃあ、オレが手を出しても犯罪になるのかなァ?」
昔よりも幾分高くなった声でうたうように言い、傍に置かれていた灰皿で煙草をもみ消す。
その後、無遠慮に合わされた唇からは、煙草の味しかしなかった。






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