15.あかいかお
【あなたがすきです。】
たとえば、何ってことない瞬間なんだ。
先生っぽく、きりりとマジメに引き締められた精悍な横顔だとか。
目が合って、ふと緩められる表情だとか。
オレを認めて、薄く唇にのせられる笑みだとか。
そういったものがいちいち無性にいとおしく思えて、その都度オレはせんせいにすきだと告げる。
するとせんせいは少し困ったように―――ああ仕方のないひとだなぁ、って風に笑う。
それがちょっと、いや相当、オレの中で引っ掛かっている。
すきだからすきと告げているのに、なんでそんな風に笑うんだろう。
今だってほら。
畳の上で膝を抱えてみたりなんかするオレには目もくれず、持ち帰りの仕事を片付けている背中に向かって言ってみる。
「ねえ、せんせい」
「はい」
「すきですよ」
「はい」
「すきなんです」
「はい」
「本当に、ホンっトーに、すきなんです」
「はいはい」
「・・・・せめて『はい』は一回で」
「はぁいー」とどこか間延びした声で返しながら、せんせいが笑っている。背中を向けているのに、そこにはやっぱり仕方のないひと、という空気が漂うんだ。
オレがすきと言えば言うほど、せんせいはそんな風に笑う。
こういうとき、オレばっかりがせんせいを一方直進通行的にすきで、せんせいはそんなでもないのかも、と思ってしまう。
あんまり考えたくはないけど、仕方がないから付き合ってくれてるのかなぁ、とか。
オレが傍に居られるのってせんせいのお情けだったりして、とか。
うっかりネガティブなことばかり考えてしまうオレです。
だって、せんせいがすきって言ってくれないから、どうしたって不安になるんだ。
もし、もしもさ、オレがすきって言って、せんせいも同じようにすきだって言ってくれたら、きっとオレはしあわせ過ぎて天にも昇るような心持ちなる。間違いない。
なんて、独り言のつもりで零していたら、不意にせんせいがオレの方を振り返った。
そしてそのまま、無言でオレの顔をじっと見つめてくる。
・・・これは何だ、背後で煩くしてたからこのまま怒られたりするパターンなんだろうか。
この後に続くかもしれない叱責に、予め身を竦めてみたりなんかしたオレだったんだけど。
「あんたはバッカですねぇ」
そうあっさりとせんせいは言った。
「あんたが気持ち悪いくらいにオレのことがすきなのは知ってますよ。だからこそ言わないんじゃないですか」
至極当然、という様子のせんせいに、オレはどうしても面食らう。
「・・・なんで口に出さないの?」
「そういうのはね、たまに言うからいいんですよ。いつも言ってたら有難味が薄れますって」
これ、多分正論。正論なんだけど。
でもオレはいつでもすきって言われたいし、言ってほしいのに。
オレは大きく唇を尖らせることで、せんせいに対してささやかな抗議の意を示していると。
「すきです」
突然の言葉に、オレは唇を尖らせたまま、呆けたようにせんせいの顔を見つめていた。
「あんたがすきです」
まっすぐオレの目を見て、何の躊躇いもなく、真に誠実そうにもう一度、繰り返される。
―――・・なんていうか、そんな風に面と向かって言われたら、案外照れるモンなんですね。
言われ慣れていないのも手伝って、どうしたって顔が熱を持ってくる。なんだかそのまま火を噴きそうだ。
心臓なんて、さっきからばっくんばっくん、壊れそうなイキオイで鳴り続けている。
ああ、まいった。降参です。
諸手を高々と挙げたくなっているオレの前で、せんせいはほらやっぱりね、と言わんばかりに笑っていた。
それすらオレにとってはいとおしく思えることなど、少しも気付かない顔で。