18.やさしいのに

【海原の月】




「つかれたんだ」




オレの肩口に頭を載せた彼が、言う。
背後から抱き竦められた状態の視界には僅かにその銀色が映り込んでいる。腰に回された腕からは、透きとおるような肌の色に同化する真っ白な包帯が覗く。




「おれはほんとうに、つかれてしまったんだ」




さとにも、ひとにも。
しのびであることも。
いきをするのにだって。




「もう、いやだ。しんでしまいたい」




どこか、笑い出す寸前のように。
どこか、泣く一歩手前のように。
低く、くぐもった声はどちらとも取れた。






最近、彼の情緒は不安定だった。
言うこと為すこと全てが滅茶苦茶で、すぐ死を口にする。
実際、任務中わざと敵に斬りつけられるという自傷とも取れる行為のお陰で、現在は療養という名目での隔離を受けているほど。
彼は里の誇る、才も義もある素晴らしい忍であり、その伝説的な偉業は里内外にも広く知れ渡っている。そんな忍の、明らかに奇怪な挙動を見過ごしてはおけないと上層部も判断したのだろう。
それにオレが付き添っているのも、同じく上の判断だ。
オレ達の関係を知った上でのことらしいが、果たしてそれがどれほどの効果を得ているかは疑問だった。
現に、彼は未だ死を口にする。
腕の包帯は、この間巻かれたばかりの真新しいものだ。
・・・元々、忍には似つかわしくない人なのだと思う。
その根本はどこまでもやさしく、しかしそれ故に弱く、脆い。
そんな細やかな精神をどうにか正常に保ちながら忍として生きていこうとするから、歪みが出る。
けれど、その弱さ故に彼はいとおしく、またうつくしいのだろう。




「・・・・ねえ、おれとしんでくれる?」




ぽつ、と零したこの言葉に、更にいとおしさが募ってゆく。
昔から儚く壊れそうなものにほど、ひとは強く惹かれるという。
それを己が手にしたいと願うのもまた、ひとの抗えざる本能であろう。
オレもずっと考えていたのだ。このひとを手に入れられたら、と。
海原に浮かぶ月のような、このうつくしく儚いひとを。




「ええ、もちろん」




呟いた言葉に、偽りなどひとつもない。
それに、僅かな震えを帯びる、笑うような、泣くような、くぐもった声が返ってくる。






「あんたは、やさしいのに、やさしくないんだね」












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