19.ひみつ

【正しい犬の生活】







「貴方は俺の犬ですよ」
そう言って、あの人はいつだって嬉しそうに笑う。








うつ伏せの姿勢でいたところを、差し込まれた足の先で掬われて転がされる。
仰向けになって視界が広がったのは良いけれど、背中でおかしな格好のまま潰された腕が痛い。
思わず顔を顰めていたら、ぐい、と少々強引に首が上方に引っ張られた。真直ぐじゃなく斜めに引っ張られたお陰で、首元を押さえつける革が喉に食い込んでくる。
息が苦しくて、でも床から背中が持ち上がったから必死になって腕を楽な位置へずらす。
今、おれの身体は自分の意志で動かせないようになっている。
腕と足についている拘束具の所為だ。先程から首を締め上げている首輪と同じ革、同じ色身で作られたお揃いの品だと聞いている。
「貴方に似合うよう、特別に作ったんです」
そう、いかにも嬉しそうに言われたのを覚えている。
丁度おれが腕を動かし終わったタイミングを見計らって、吊られた首輪から力が失せた。
少しも構えていなかったから、おれはそのまま強かに背中と頭を木床に打ち付ける。
どすん、ごつ、と続けざまに鈍い音が立って、その後じわじわと痛みがやってくる。それでも呼吸は楽になった。
床に転がったまま荒い息を吐くおれを、傍で見下ろす相手が居る。
首輪から繋がる鎖を手に握る相手は、裸身に拘束具だけをつけたおれとは違ってきちんと服を着ている。日常と同じ姿で、非日常的なおれの姿を見下ろしている。
その顔に浮かぶのは、酷薄な笑み。立場の違いをわからせるかのように蔑む眼差しが向いて、意志とは無関係に背筋がぞくぞくと震え出す。
そうして、おれの唯一絶対の支配者であり飼い主でもあるあの人が口を開く。
「善い子にしていたらご褒美≠あげますよ、カカシさん」
その言葉に、おれは期待で息を呑み込む。








おれが、飼い主であるせんせいに拾われたのは少し前のことだ。
暗部の人間として任務に就いていた時、おれはちょっとしたへまをやらかした。
任務自体は無事完遂出来たけれど、里に帰り着く頃にはチャクラが切れ掛けて今にも倒れそうなほどふらふらしていた。
そのふらふらのまま道を歩いて―――気付いたら道端に置かれたゴミの袋の中に身体が埋もれていた。しかも完全にチャクラが切れるというおまけ付きで。
それだけでも悲惨なのに、追い打ちを掛けるように雨まで降り出してくる始末。冷たい冬の雨を全身に浴びながら、動けないおれはずっとゴミの中に居た。
寒いし、汚いし、疲れているし、でも全然動けないから逃れようもない。あまりにも惨めで、段々泣きたくなっていたおれをせんせいが見付けてくれたんだ。




「貴方、犬なんですね。拾ってあげましょうか? 善い子にしていたら可愛がりますよ」




……その時、おれが暗部服に狗の面を着けていたからせんせいは勘違いをしたのかもしれない。
でもすっかり疲れ果てて精も根も尽きていたところに、蜂蜜みたいに甘い声で誘われたらもう駄目だった。
気付くと、おれは何の考えもなくせんせいの誘いに頷いていたんだ。
そもそも暗部なんて里の犬みたいなものなんだから今更誰の犬になろうと関係ないだろう、という頭もあった。多分、その時あまりにも疲れ切っていたから、何もかもがどうでも良くなっていたんだと思う。
まあ、可愛がって貰えるんならいいか、くらいの、ちょっと投げやりな心境だった。




「これから、貴方は俺の犬ですよ」




動けないおれがせんせいの背に負われている間、何回も繰り返し告げられた言葉。
その声を聞いている内に、何故かおれは少しずつ頭がぼんやりとし始めたんだ。
それはまるで催眠術。
甘く安心感を与えるようなのに、どこか抗えない響きを持つ声がいつしかおれの意識の深いところにまで食い込んでしまったのかもしれない。
家に連れて行かれて、面を取られた上に濡れた服も皆脱がされて。
裸身に首輪を着けられても少しもおかしいとか嫌だとは思わなかった。
急所を無防備に晒して、自分の命すら容易く投げ出すような格好なのに。普通なら絶対に有り得ないシュチエーションで、危機感を抱いて然るべきなのに。
相手に見られていると思っただけで簡単に昂って、興奮した。
それからおれは、ずっとこの人の犬だ。
相手がアカデミーで先生≠ニ呼ばれる立場なのだと教えて貰って以来、おれも相手をせんせいと呼ぶようにしている。飼い主なんだから様付けで呼ぶ方がいいのかと思っていたけれど、どうやらそれはお気に召さないらしい。
せんせいは、先生≠轤オくおれが善い子にしていたら優しい。
気分の良い時はおれの髪を梳くようにして頭を撫でてくれたりもする。
せんせいの指が髪や肌の上を滑ると、気持ちが良くてうっとりする。
せんせいに触られていると思うだけで我慢出来なくなって、足をもじもじさせると目を細めて笑われる。
せんせいは、おれが喜ぶと嬉しそうにする。
せんせいが嬉しいと、おれも嬉しい。
でも同じくらい、せんせいがおれを見下ろしてうっそりと酷薄な笑みを浮かべていたら、背筋がぞくぞくするくらい、嬉しい。
そのままご褒美≠竍お仕置き≠ニ称して酷いことをされたらもっと堪らない。
手足を拘束されて、床に転がされて。
踏んで、打たれて、嬲られ、弄られ、焦らされる。
せんせいはいつも至極愉しそうにご褒美≠ニお仕置き≠くれる。
せんせいはどうやって苛めたらおれが上手に悦ぶかを知り尽くしているので、おれはいつだって腹を見せて絶対服従のポーズを取る。
特に、体重を掛けてぎゅうっと力いっぱい下腹を踏まれたら、もうそれだけで。




「……おやおや」




せんせいが呆れたような、けれどどこか愉快そうな声を上げる。
いつの間にか、おれはせんせいの足に踏まれながら勃起していた。
血管が浮いてお腹につくくらい硬く芯を持ったものを見られて恥かしくなる。
でも自然と息が荒くなっていく。
次にされることを期待して、勃起したものもおれの身体と同じように震えている。
まるで、ベルが鳴ったら餌を貰えると涎を垂らす犬みたいに。
そんなおれの首輪をせんせいが鎖で引っ張り上げた。
「ちゃんと、我慢をするんですよ」
そう言いながら、せんせいは勃起したものを踏み付ける。
足の裏全体でぐりぐりと押し付けるようにしながら、硬く芯を持つものも柔らかい袋も一緒に容赦のない力で踏みつける。
同時に、ますます強く鎖を引き、首輪を吊り上げる。
痛くて、苦しくて。でもそれとは別に身体が昂ってぞくぞくぶるぶる震えるほどの気持ち良さもあって、自然と頭が真っ白になる。
気が付くと、おれは口から涎を垂らしながら粗相をしていた。
先生の足やおれの腹には白くてぬめぬめした粘液が散っている。
「ああほら、我慢しなさいって言ったのに」
鎖を緩めたせんせいが、おれの真上であからさまに溜息を吐く。
でも言葉とは裏腹に、せんせいはどこか愉しそうだった。
顔に載るのは、愉悦に満ちた酷薄な表情。それはせんせいの嗜虐性をそのまま笑みの形にしたようでもある。
それだけでおれは絶対服従の対象として相手に抗えなくなる。
けれどせんせいのこの顔が、おれは何より好きなんだ。
うっとりとした心持ちでせんせいを見上げていると、粗相をしたもので濡れた足がおれの頬に掛った。
そのまま頬の形をなぞるように滑らされて、唇で止まる。
「これ、綺麗に出来ますよね?」
告げられた言葉に、おれは従順に差し出された足へ舌を伸ばす。
そうしてせんせいの顔に浮かぶ愉悦は深くなる。











「貴方は俺の犬ですよ」
せんせいはそう言って、いつも嬉しそうにする。
同時に、愉悦に満ちた酷薄な笑みを浮べながら。
それに、おれはうっとりする。
だっておれは。
いつだってこの人の犬で在りたいのだから。













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