27.わんぱく

【せんせいとかばん】




その時オレは大層浮かれていた。
もし背後から敵に襲われても「君達、命は大事にな☆」とガイばりにウザい笑顔で以て説いて聞かせてもいいくらいには浮かれていた。
なにせオレはずっと片思いしていた相手と初めて旅行に行くことになったのだ。
・・・とはいっても、温泉の一泊二日の宿泊券(ペア)を同僚から譲り受けたが行く相手が居ないから、と誘われただけの話。
でも誘われたってことは、少しは期待しちゃってもいいのかな。普通何の興味もない相手を誘ったりはしないでショ?
しかし温泉って聞くと、色々むふふだったりぐふふだったり桃色ピンクピンクなことを考えてしまいがちなのは何故なんだろう。
日常とは違う空気の中、開放的な気分になって、ま、せんせいったらちょっとダイタンじゃございませんこと!とかさ。
・・・いいじゃない、ちょっと夢見るくらい。なにせオレってば現在進行形で夢を見ていたいお年頃なんだもの。それにもしかしたら二人で温泉に浸かりながら。




「実はオレ、カカシ先生にずっと言いたいことがあって」
「どうしたんですか、イルカ先生?」
「カカシ先生、オレ・・・オレ、あなたがすき、です」




――――勿論オレだって大好きですっ!




その後はめくるめく官能の一夜に突入とか。
・・・うん、頭の中だけはいつでも前向きでいたいよね。
そんなこんなで何が起こっても即時対処出来得るよう種々のイメージトレーニングに余念のなかったオレは、身体の一部分が妙にしゃかりき元気になってしまい、前夜殆ど眠れないまま当日を迎えた。
まあそんなでも気分が高揚してれば眠気なんてものはさほど感じないものだったりする。
とても家でじっと待っているなんて出来なくて、待ち合わせ場所に一時間も早くから来て、イルカ先生を待つ。こんな姿を部下達に見られた日には「嵐が来る」だの「天変地異の前触れ」だのと大騒ぎされるのは間違いないだろう。それでも空はどこまでも青く美しく晴れ渡っている。ホラ、オレってば日頃の行いが良いですから、自然と天もオレに味方してくれるっつーか。
しかし思ったんですけど、今日みたいな日って絶好の青●日和じゃないんですかね。日が燦々と照って寒くもないし、寧ろ暑いくらいだから脱いじゃった方がすっきりするし、もうどうせなら天気に倣って身も心も開放的にいっちゃえばいいじゃない、みたいな。
そんなことをつらつらと考えている内に、向こうからイルカ先生がやって来た。オレの姿を認めた先生はすぐにこちらへと駆け寄ってくる。その顔には満面の笑み。その眩しさといったら、太陽の光さえも霞ませてしまうほど。
良いよね、最高だよね、イルカスマイル!
そんなイルカ先生の肩にはカバンが掛かっていた。ひと目で使いこまれたとわかる、黒い革の旅行カバン。それはとても先生に似合っている気がした。
一方のオレはと言えば、ほぼ手ぶら。旅に出る時はいつも最低限の荷物で必要なものは現地調達、が基本だから。だって任務でもないのにいろんなものを準備するのって手間だし、旅先でも身軽にいきたいじゃない。でもそんなオレを見て、イルカ先生は少し恥ずかしそうに言った。
「荷物が多くなっちゃって」
そう言って鼻の傷を掻いてる姿に、オレの胸はきゅんきゅんなりっぱなしだった。
イイ、恥ずかしがるイルカ先生はかなりイイ!このまま押し倒してあんあん啼かせて善がらせたいっ!!
・・・なんてことは勿論おくびにも出さずに。
「いいじゃないですか。備えあれば憂いなしって言いますし」
「そう言って貰えると有り難いです」
はにかんだように笑うイルカ先生は超・絶・愛らしい。
もうコレっておーるおけーってことじゃないンデスカ?寧ろ今スグ抱いてくださいってことじゃないンデスカ?
ここまで据え膳揃えられて手を出せないなんて・・・!
それでもオレはなけなしの理性を掻き集め、この拷問のような仕打ちに必死で耐えた。そんなオレの悶々としたものには一切気付かない様子で、隣を歩くイルカ先生は先程から一人で喋っている。
「オレ、人より旅に持っていく荷物が多いみたいなんです。普段使いなれたものじゃないとどうしても落ち付かなくて、家で使っている細々としたものまでカバンに詰めちゃうんですよ。カバンは重くなるし、一緒に旅行に行く相手からは呆れられるんですけど、どうしても直らないんですよね」
ふぅ、と溜息を吐いてみせるイルカ先生にオレは自然と脂下がるのを感じていた。
いいなぁ、やっぱりこの人かわいいなぁ、青●したいなぁ。
「じゃあオレ、荷物持ちますよ。手ぶらだし」
「え、いいですよ!本当に重たいですから」
遠慮するイルカ先生に「大丈夫ですって、オレに任せて下さい!」なんて頼もしく胸を叩いてみせて、強引に荷物を引き取る。だって後々我慢がきかなくなった時、カバンがあったら邪魔じゃない?
でも、オレの思惑なんてこれっぽちも知らないだろうイルカ先生は「なら、お願いします」と微苦笑でカバンを渡してくれる。
それをしめしめと受け取った瞬間、オレは絶句した。殆ど力を入れていなかった所為か、カバンの重みを受けた腕ががくんと思いっきり下にさがったのだ。
慌てて力を入れたからカバンを地面に落っことすという無様な事態は避けられたんだけど。でもイルカ先生が易々と持ってたから完全に油断してた・・・ていうか、なんだろねこの重さ!見た目そんなに大きくないくせに、コンクリートでも詰め込んでるんじゃないかと冗談抜きに思うくらいの重みがある。それでも一応、イルカ先生に倣って肩にカバンを掛ければ、重さでそのまま肩が外れてすっぽ抜けそうだった。
肩の薄い皮膚に容赦なく持ち手が食い込むのを感じながら、オレは思わず訊ねていた。
「・・・先生、中に何が入ってます?」
「えーと、宿泊券と財布と、後は着替えとか枕とか。まあ他にもいろいろですけど」
他にもいろいろか。またざっくりしてるな・・・って、枕?
「ええ、枕が変わるとなかなか寝付けなくて」
そう言って再び照れ臭そうに鼻の傷を掻いている。勿論その仕草は文句なくかわいらしい。
しかしこのカバンに枕か。それだけで中身キツキツになりそうなんだが。でも、他にもいろいろ入ってるんだよな?
「えーとじゃあ、バスタオルやドライヤーなんかも?」
「ありますよ」
「なら、シェービングセットや目覚まし時計は?」
「はい、あります」
もしかしてアカデミーの教科書や忍具一揃えも?と本気で訊きたくなったが、止めておいた。もし、「勿論ありますよ」なんて言われた日には、なんだかちょっと、否、結構微妙な気分になりそうだったから。でもこのカバンに先程名前の挙がったものが皆詰まってるなんて未だに信じられない。まさか荷物の収納に忍術を使ってるんだろうか。いやでも、術の気配はないし。それかもしくは未来から来た某青猫の専売特許、四次元を操っちゃうポケットなんてものが・・・ある訳ないか。そうだよな。いやでも、この中って一体どんな風になってるんだろ?
そこまで考えて、オレは肩に掛けているカバンの中身が非常に気になってしまった。なんとなく咳払いをしてみせてから、恐る恐る先生に訊ねてみる。
「・・・あの、中を見てもいいですか?」
「えー、ダメですよっ!中身適当に詰めているから恥ずかしいです!!」
頬を赤らめ、あわあわと慌てふためきつつ胸の前で手を横に振るイルカ先生は地上最強どころか全宇宙最強と言っても過言ではないくらいにかわいい。そんな先生に「そうですか」と返す以外、オレに何が出来ただろう。しかもその後ホッとしたように「急に変なこと言われたから吃驚しちゃいました」なんて眩しい笑みを向けられたらもう、この肩に掛ってる重みなんて気の迷いだと言いきっちゃいますよ、オレは!
そんなオレの隣で、イルカ先生は相変わらずにこにこしながら話し掛けてくる。
「温泉、楽しみですね。実はオレ、おもちゃのアヒルちゃんも持ってきちゃいました」
・・・チクショウ、この人ってばホントにどうしてくれようか。
出来るなら今すぐ美味しく頂いてしまいたい。つか、どこかに連れ込めそうな茂みはないものかと絶えず視線を巡らすオレの邪な気配になど全く気付かない風に、イルカ先生は「何か面白いものでもありましたか?」と暢気そのものの様子で訊ねてくる。
嗚呼、そんな天然な貴方も素敵です。きっと今迄一度も貞操の危機なんてことを心配したことがないんだろうなぁ。
まあ、仮にオレ以外の相手とそんな事態に陥ることがあったとしたら、相手を八つ裂きにした後、火遁で消炭だけどね?
そんな物騒なことを考えながらも、「いや、忍たるもの何時如何なる時にも用心は必要ですから」とそれらしいことを口に出すと。
「流石、上忍の方は違いますね!」
何の不純物も感じさせないきらっきらした瞳を向けられた日にはもう、オレなんてそりゃ簡単に限界点に達してしまう訳で。
近くに丁度良い茂みなんかも見つけちゃったし、やあコレはいっそヤっとけ!っていう神さまからの思し召しですよね。ええ、そうに違いないですよね。
オレはイルカ先生の手を取ると、すぐに傍の茂みの中へと連れ込んでいた。そんなオレを、不思議そうに見つめているイルカ先生は文句の付けようがないほどに愛らしい。
―――宣誓、わたくしはたけカカシはこの顔を快楽に歪めて泣かせて喘がせて、ゆくゆくはオレなしで居られないようにすることをここに誓います!
「イルカせんせい・・・!」
その勢いのままにカバンをその辺りに放り、イルカ先生を地面に押し倒した時点で、この勝負は付いたものだと思ったんだけれど。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
緊張感の欠片もなく言って、イルカ先生は投げ出されたカバンに手を伸ばし、ごそごそと何かを取り出した。
そして「ちょっとすいません」とオレの身体を無造作に押し遣って、それを地面に広げ始めた。よく見ればそれは、世界的に有名な某ビーグル犬の絵(しかもなんだか偽物っぽい)が付いた大判のレジャーシートだった。微妙にかわいくない笑顔を浮かべたそいつの横には、何故かデカデカと『ラブ&ピース』の文字。
「そのまま寝転がると背中が汚れちゃいますから。はい、この上にどうぞ」
満面の笑顔で告げるイルカ先生は、あくまで屈託がない。それに流されるようにしてオレはレジャーシートに座り直していた。先程まで大盛り上がりだった気勢は、溢れ出るイルカオーラ(癒)の前に見事に削がれてしまっている。
「今、お茶を出しますね。そういえば、カカシ先生は甘いものはお好きですか?オレね、良いもの持って来てるんですよ」
カバンの中から出てきたのは水筒と、イルカ先生の手のひらいっぱいに乗っかった大福餅がふたつ。
・・・えーと、なんなんでしょ、この状況。オレが望んでいた方向とは百八十度違うんですけど。
もしかしてイルカ先生の中では、単なる休憩と取られてしまったんだろうか。つか、オレは別の意味で貴方とねっとりがっつり休憩がしたいんですけど・・・っ!?
それでも、そんなことを口には出せないまま、最後までまったりとお茶タイムを満喫してしまった。しかも大福、甘いの苦手なオレでも美味しく頂けてしまったのがなんだかちょっと悔しい。
なんて・・なんて手強いんだイルカ先生・・・。
いや、でもまだチャンスはある筈だ。青●は今回諦めるとしても、これから行く温泉があるじゃないか。
そう、裸と裸のお付き合いなんだから、間違いのひとつやふたつやみっつはあったっておかしくないだろう!
様々なものを薄暗く滾らせながら、オレはカップに残っていたお茶を飲み干そうとした。しかしそれは思いの外熱く、口に含んだ瞬間「あちっ」と声を上げていた。
それに対して、イルカ先生は「大丈夫ですか」と心配しながらも、一言。
「カカシ先生、ちょっとかわいいです」
・・・くそう、温泉で覚えてろよ?!












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