29.おとこのこ

【ひそやかなる慾】




―――或る外つ国では、腹上死を『甘い死』と呼ぶ。




「いいよねえ、そういうの。ロマンティックじゃない?」
常より乱れた息の合間、どこか夢見るように目を細めた男に、イルカは僅かに眉を顰める。
「・・・オレに死ね、っつーんですか」
イルカはその時、シーツも何もぐちゃぐちゃに乱れたベッドに居た。
そこに寝そべる男の身体へ自ら乗り上げているのは、男がそれを望んだからだ。
僅かにでもイルカが身動ぎすれば、男を受け入れる箇所からはぐじゅ、と湿った音が立つ。
先程イルカの内部に大量に注がれた体液は、そこで止まり切らずに差し込まれたままのものを伝って男の恥毛を濡らしている。
室内は、互いの熱と吐き出された体液が放つ濃密な匂いに満ちていた。
「そんなことは言ってないじゃないの。ただ、純粋なオレの感想」
くすくすと、わらうような調子で男は言う。
現状と、齎された言葉の不調和に、案外少女趣味のあるひとだと荒い息でイルカは思う。





男は時折、こうしてイルカが主になる行為を望む。
イルカもそれを厭とは思わない。望まれれば己から男に跨るくらいには、この行為を受け入れている。
イルカの手管により、身体の下で男の顔が快楽に歪み、低く喘ぎ、息を乱す。
普段、冷静沈着で一分の隙もない男を掻き乱している、という愉楽はイルカにとって何ものにも代え難い。
男の全て―――その身体から命までも―――を己が握っている感覚。
それに烈しい悦楽を覚えるのは、受け入れる側に回るイルカもまた、男と同じ性を持つが故だろう。




「大体、死んだらこうして気持ち善いこと出来ないじゃない」
そう言うと、男はベッドに腕を付き、身体を起こした。
それに伴って受け入れた部分が先程とは違うカタチに拡がり、内部から体液が溢れ出す。しかし浮き上がり掛けた腰を男の手が左右から力強く押さえ、そのままを受け入れさせられる。
あ、と声が漏れ、自然と顎が反る。無防備に晒した喉元に、男が歯を立てる。
それに背を震わせながら、これから始まるであろう行為にあさましくイルカの喉は鳴る。
瞼を閉じると、より強く男の存在を感じる。
逞しい身体、力強い手、その熱、匂い、息遣い。
イルカはなんとなく、甘く死んでいく己の姿を脳裏に浮かべる。
そして男に知られないよう、そっと息を吐く。
うっとりと、夢見るように、息を吐く。








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