31.はじまり

【もしもし、運命のひとですか】




なんでこの人なんだろう、と思う瞬間がある。
世界は自分を中心に回っているとハナから信じて疑っていないかのような、あくまで自分本位の最高に我儘な男。
オレの都合、などというものはそもそもないと認識され、毎日のように男の理不尽な言動に振り回される。
何を言っても馬耳東風、しかしながら少しでも気に入らないことがあれば恐ろしいほどの執念深さでもって自分の主張を押し通す。
正に傍若無人が服を着て歩いているような男に、痛い目に遭わされたことは数知れず。胃の疼痛とは長いお友達になりそうな予感だ。
なのに、そんな相手とオレはアパートで同棲し、尚且つうっかり膝枕なんてことをしてやっている現状を、一体誰が想像し得ただろう。
オレだって否、だ。
それでも男はオレの膝の上に頭を載せていて、行儀も悪く寝転がりながら本を読み、くぁ、なんて至極暢気そうに欠伸をしている。





元々、オレは野郎と付き合う趣味なんてなかった。
……誤解のないように言っておけば、里の中で同性同士の関係が日常的にあるのは知っていたし、偏見もないつもりだった。
ただ、まさかそれが自分の身に降りかかってくるとは露ほども思わなかったのだ。
将来は、可愛い嫁さんと子供をもうけて最高にハッピーな家庭を築き、庭付き一戸建てで大型犬を飼い戯れる、というささやかで明確な目標もあったというのに。
男はある日唐突にオレの前へ立ち塞がり、何をトチ狂ったのかオレを運命の相手だと宣った。その上、今すぐに自分を好きになれと無茶苦茶なことまで言ったのだ。
勿論、そんなことを言われてはいそうですか、となる筈もない。
里内では知らない者など居ないような有名人ではあったから、顔や名前、経歴ぐらいはオレにだってわかっていた。
それでもあまり面識のない、よく知らない相手とどうこうなるなんて考えもつかなかった。
何より物言いが不遜で、上から目線だったのもマイナス要因に拍車を掛けた。正直冗談じゃないと思ったし、上忍ってことを笠に着ているのならそれこそ論外。中忍相手だからって何でもまかり通ると思うなよ、と妙な反骨精神も出て。
即、断った。きっぱりはっきりと断ってやった。最後の辺りは不敬で不穏な言葉まで飛び出していたほど。
なのに、男は懲りなかった。
それからオレは男に毎日のように付き纏われた。それこそ四六時中といっても語弊がないくらいに。
そしてオレの顔を見れば必ずこう言ったのだ。


「いい加減に諦めて、大人しく運命に従いなさいよ」


勿論、言われる度に反発し、徹底的に相手を拒み続けた。
時々、感情が昂り過ぎて手が出たこともあるが……悔しいかな、それが男に当たったことは一度もない。
しかしそんなことを繰り返す内、徐々にオレも疲れが出てきた。
毎日毎度男と運命について延々と論じるのも、好きだの好きじゃないのと言い争うのも。
無闇矢鱈と繰り返される不毛で身を削られていくような心持ちのする会話も、全てが煩わしく面倒になったのだ。
最後にはもうどうにでもなれと酷く投げやりな心持ちでいたところで、足元を掬われた。
……まあ、早い話が付き合うに至った、ということ。人はこれを絆された、というらしい。
でもオレはこれまでのことを絆された、なんて生易しい言葉では片付けられない。
平穏だったオレの人生に運命という名において無理矢理食い込んで侵食し、いつの間にか進むべき方向を百八十度変えられてしまったのだ。
もしこれが男の言う運命によるものだとしたら、運命なんてくそくらえだ。



「ねえ、アンタさ」



掛けられた声に引き寄せられるようにして、目が男の顔に向く。
男は膝の上でオレを見上げるようにしながら、にやりと不敵な笑みを浮かべてみせて。
「今オレのこと、すきすきだいすきあいしてるーって思ったでしょ」
非常におかしなことをさらりと言う相手に、眉間に皺が寄っていくのを止められない。
一気に湧き上がる疲労感も同様だ。
「……何のハナシですか」
「だってアンタ、そういう顔をしてたよ。絶対そう。隠したってオレにはわかるんだからね。だって運命の相手だもん」
どんな事柄でも、あまりにも自信満々に言われると咄嗟に否定の言葉は出てこないものだ。
それかもしくは、すっかり呆れて言葉もない、というのでも間違いはない。
ていうか、どれだけ自分に自信があるんでしょうね、この人は。
そもそもこういうのを口に出して恥ずかしく思うことはないんだろうか。
思わずじいっと相手の顔を見つめていると。
「なに、見惚れるほどオレってイイ男?」


……言ってろばーか。


にやにやと笑いながら、やはり恥ずかしげもなく言う男に内心毒付く。
それを口に出す代わりに指で額を強めに弾くことで答えてやれば、「いったぁい」なんて気の抜けた、少しも痛くなさそうな声を出した後。
「アンタってホント、オレのこと好きだよねぇ」
この上なく頭の悪いことを言い、脂下がった様子で笑ってみせる。
そんな相手に、まともに返すのも馬鹿らしいだろう。
「はいはい、そういうことにしといて下さい」
少々なげやりに告げれば、男はどこか勝ち誇ったような、見ているこちらの神経を軽く逆なでする顔つきで目を細めている。
それを黙って眺めながら……オレは幾度考えたともしれない運命についての彼是を、今再び考えてしまうのだった。







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