37.つかまえて

理性といふもの




より多く、また効率良く己の種を残す為に、様々に相手を替えるという行為は生物の本能に組み込まれているという。
それが厳しい生存競争を生き残る手段とするなら、人間で言うところの浮気も本能の為せる業。
特に、長きに渡って生と死の狭間に立ち続けるこの人ならば、当然そうなってもおかしくはない筈、なのだ。
けれど、この人はオレを選ぶ。
周囲の、誰からも求められる要素を全て具えていながら、唯オレだけに拘る。
この人がオレに見せる酷い執着。
同性の、種を残すという行為からも遠くある存在に何故これほどまでに固執するのか。




「浮気が本能なら、執着は理性なんでしょうよ」




何でもないことのように、あっさりとこの人は言う。
唇を吊り上げ、またどこか愉しそうにも見える貌付きで以て。




「こう見えておれは理性の塊なので、残念ながらあんたを手離す気はないんですよ。でももしあんたが余所に目を向けるなら・・・いろいろ考えないといけませんけど」




内容にそぐわない、のんびりとした口調。
しかしながらその奥から滲み出す、細い糸のように微かな剣呑さは洩れなくオレの全身に絡み付いてくる。
それでもこの人はオレに向かって笑ってみせる。
とても綺麗な、ある種ゾッと背筋を震わせるほどの美しい貌をして。
この人は動物である前にどこまでも人間なのだろう。大層理想的、と分類されるような。
その事実に、単純に可笑しくなった。




「あんた、逃げられませんよ?」




そう微笑まれて、確かに覚えた感情は・・・悦びに近いもの。
酷く安堵するのは、オレも大概理性的だから、かもしれない。
―――・・・この人に言ってやるつもりはないけれど。










縛り、縛られ。
捉まえ、捕えて。
ほらもう、どこにも行けやしない。
オレも、あなたも。
どこまでも人間でしかないのだから。











-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system