6.ころがった

【ノイロニテイル】




「あいしてる」




何度聞いてもちっとも耳に馴染もうとしない、この言葉は彼のもの。
それを彼は当たり前のように、惜しげもなく使う。
互いの腕で、互いの身体を包みこむとき。
唇を重ねるまえ、そのあと。
いっこずつの身体がぴったりとくっついて、ひとつになるとき。




「あいしてるよ」




決まりきった文句のようにそう言うのだ。




「オレたちはそういうカンケイなんだから、これは当然で自然なことなんだよ」




とも言われるのだけれど。
オレには“あいしてる”ということが、ずっとよくわからないままだ。
そもそも“あい”ってのが何なのかもわかっていない。
そういうカンケイのことを“あい”と呼ぶのだっけ。
それとも、“あい”があるからそういうカンケイになるのだっけ。
なら、どうしてイマイチ“あい”のわかっていないオレは、彼とそういうカンケイになったんだっけ。
考え始めると、途端にとりとめがなくなる。
まるでアタマだけ底の見えない沼に落っこちて、そのままずぶずぶと沈み続けているような、そんな感覚。
どこか曖昧で、不思議と心地良くもあるそれに浸りきるのを邪魔するもの。それは先程からオレの背に覆い被さるようにして腰を動かしている彼の存在。
熱に浮かされたような、ある種切なげに掠れた低くあまい声で、何度もあの言葉を繰り返す。




「あいしてる、あいしてるよ。イルカせんせい」




答える代わりに、揺すぶられるリズムに乗って、オレは荒い息に混ぜて切れ切れに上擦った声を上げる。
カラダは完全に行為に呑まれているのに、アタマだけ妙に冷めているっていうのはどうなんだろう。オレ、案外余裕あるのかな。
またしてもとりとめのない思考に沈みそうになる内、唐突にその動きを止めた彼が小さく呻き、ぶるりと身体を震わせる。
それとほぼ同時に、オレもずっと燻っていた熱を吐き出し、そのままベッドへと倒れ伏す。
はぁはぁと忙しなく息継ぎしながら、背中にある彼の重みと熱を全身で感じる。
すぐに退いて欲しいとは思わない。このぴったりとくっついている感じは嫌いではないから。
けれど、それはいつか当たり前のように離れ、またひとつからいっこずつに戻る。
その喪失感に身を震わせていると、彼の重みがふたたび背中へと圧し掛かった。薄いくちびるがそっと耳元へと寄せられる。




「あいしてる」




低く抑えた声で、囁かれる。
そんな彼を肩越しに見遣れば、どこか酔っぱらったようなとろんと蕩けた眼差しを向けられる。それはオレを見ているようで、けれど少しも見ていないようでもあった。
ただ、その声の響きが、堪らなく善かったから。
オレはそっと瞼を閉じると、つられたように告げていた。






「オレも、あいしてます」









-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system