GM SSS

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その日、わたくしはガチャピンと待ち合わせをしていました。二人共別々の現場での仕事だったのですが、夕飯は外で食べようと予め約束をしていたのです。
予定よりも早く仕事が終わったわたくしは待ち合わせ場所からほど近い駅の構内にぼんやりと佇んでいました。直接お店で待ち合わせることになっていたけれど、そこに向かうにしても未だ早い時間だったのです。
どこかに入ってお茶でも飲むか、それとも。
様々に思案していれば、その隙をつくように何かが背中へ遠慮なくぶつかってきました。少しも身構えていなかったわたくしは気が付くと駅の床に手と膝とを着く恰好になっていました。
「いたた・・・」
「あわわ、ごめんなのだ!」
ぶつかってきたと思しき相手が、背後で慌てたように言います。
どこかで聞いた覚えのある声です。わたくしは床に這い蹲る姿勢のままで咄嗟に後ろを振り向いていました。
腰を曲げてわたくしの顔を覗き込む相手はやはり見覚えのある顔です。相手もそうなのか、何かを思案する顔付きでこちらを見つめています。
それにわたくしも必死に思考を巡らせれば、ぱっと脳裏に閃くものがありました。けれどもし間違っていたのなら困りものです。
なので、わたくしはおずおずと名前を口に出しました。
「・・・もしかして、ぽろり、ですか?」
「そうなのだ!そういうキミは・・・ムック?」
「そうです!わたくしムックですぞ!!」
「やっぱりムックなのだ!久しぶりなのだ!!」
歓声を上げ、わたくし達はそのままがっちりと固く抱擁を交わしました。ぽろりと会うのは本当に久しぶりだったのです。
しかし喜びに沸いていたのも束の間、わたくし達の前を行き過ぎていく人が驚いたような、また興味津々といった態でこちらを窺っている視線を感じました。
それもその筈です。わたくしは地面に膝を付いたまま、立ち上がっているぽろりの腰辺りにしがみ付くようにしていたのですから。この格好ではまるでわたくしがぽろりに縋りついているようにも見えるのです。
ぽろりもどうやら事情を察したらしく、わたくし達はすぐに身体を離しました。そしてわたくしは素知らぬ顔を装って地面から立ち上がると、パンツに付いた埃を払いました。本来、人目を憚らず抱擁などするものではないのです。それもこんな格好でなら、尚更。
わたくし達は顔を見合わせて、お互い照れたように笑いました。
そこで漸く、わたくしはあることに気付きます。
「ぽろり、その頬はどうしたんですか?」
ぽろりの頬にはくっきりと濃い痣がありました。
元々色白の肌に浮く青痣はとても痛々しい様子です。
「ちょっと、じゃじゃまるといろいろあったのだ」
「喧嘩でもしたんですか?」
「そういう訳じゃないんだけど」
ぽろりが困ったように言って、頭を掻いています。どうやら込み入った事情がありそうです。けれど、久しぶりに会ったわたくしが訊ねても良いものなのかどうか。
「・・・話、聞きたい?」
ぽろりから逆に訊かれて驚かずにはいられませんでした。どうしてわかってしまったのでしょう。
「ムックの顔を見ればすぐにわかるのだ」
ぽろりに笑いながら言われて、自分の顔に熱が集まってくるのを感じました。どうも、わたくしは思っていることがすぐに顔へ出てしまうらしいのです。それも隠そうとすればするほどわかり易いのだと。
「ムックは僕に絶対隠し事が出来ないよ。顔を見てればすぐにわかっちゃうもん」
なんて、ガチャピンから言われることはしょっちゅう。それに悔しい思いもするのですが、内緒にしておきたい事柄ほどガチャピンに隠し通せたことはないのです。
「じゃじゃまるもムックと同じで、思ったことがすぐに顔に出るのだ。嬉しいのも、悲しいのも、怒ってるのも、みんな」
わたくしの知るじゃじゃまるは、自由気儘で奔放な振る舞いを常としていました。少し乱暴なところもあるのですが、それも愛嬌のひとつとして取って貰えるような、愛すべきキャラクターなのです。
そんなじゃじゃまるの表情が一番ころころと変わるのはぽろりの前でした。わざとちょっかいを出してみたかと思えば、話し掛けられても素っ気なく返してみたり。それでもぽろりの傍に、じゃじゃまるはいつもくっついていたのです。わたくしとガチャピンはふたりの様子を微笑ましく眺めていたのをなんとなく思い出していました。
「今日、撮影現場に居合わせた人が僕のことを話してたみたいなのだ。それを聞いたじゃじゃまるがすごく怒って相手に掴み掛ったから慌てて間に入ったら、こうなっちゃって。じゃじゃまる、すっかり悄気て現場から居なくなっちゃうし、携帯もちっとも繋がらない。今頃ひとりで落ち込んでると思うから、早く見つけてあげないと」
「ぽろりはやさしいんですね」
「ううん、本当にやさしいのはじゃじゃまるの方なのだ。いつも僕の代わりみたいに怒ってくれるから。・・・情けない話だけど」
ぽろりはそう言うと、眉を下げて少し寂しそうに笑います。
それは見ているこちらが切なくなるような顔でした。この顔をみたら、きっとじゃじゃまるだって同じように思う筈です。一生懸命、持てる力の全てで以て元気づけようとするでしょう。でも、そのじゃじゃまるはここに居ないのです。
わたくしはどうにかじゃじゃまるを見つけてあげたくなりました。
けれど、ふたりで何の手かがりもなく闇雲に探すのは無謀です。
わたくしは携帯を取り出して時間を確認しました。そろそろガチャピンも仕事が終わる筈です。じゃじゃまる探しに協力して貰おうと決めた瞬間、携帯が鳴り出しました。着信は誰あろうガチャピンからです。なんというタイミングの良さでしょう。
「もしもし!」
「あ、もしもしムック?ねえ聞いてよ!今、僕は誰と一緒に居ると思う?」
興奮しきった声調で一気に捲し立ててくるガチャピンに、わたくしは電話越しに面食らいます。
「・・・誰とって、スタッフの人じゃないんですか?」
「違うよ!あのね、ヒントをあげる。ヒント1、前に僕達と共演したことがあります。ヒント2、3人組のひとりです。ヒント3、自分のことを『おいら』と言います!」
わたくしは少しずつ自分の顔が険しくなっていくのを感じていました。
そもそも今は、そんなクイズに付き合っている暇はないのです。
わたくしが答えずにいれば、電話の向こうでガチャピンが焦れたように言いました。
「ムック、わかんない?じゃあ答えを言うね。実は僕、今じゃじゃまると一緒にいるんだよ!」
「・・・・・・じゃじゃまるぅっ?!」
わたくしは電話口で素っ頓狂な声を上げていました。それに電話越しのガチャピンが「え、何、どうしたの?」なんて驚いたように訊ねてきます。
「ガチャピン、今どこですか!」
「え、今は待ち合わせしてるお店の前・・・」
「そこをじゃじゃまると共に一歩たりとも動かないでください!」
一方的な通告の後、わたくしは通話を打ち切りました。
待ち合わせのお店まではここからそう遠くはありません。
「じゃじゃまるが居たの?」
わたくしが頷くと、ぽろりの顔がぱあっと明るくなりました。
「さあ、行きましょう!」
わたくしは勇ましく声を上げると、ぽろりを連れてお店までの道を急ぐのでした。






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