4.わがまま

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【The thing which you give to me / by I】




静かに耳を滑る、さらさらとささやかな雨音を、瞼を閉じたまま聴く。
先刻まではもっとざあざあと、強い風と共に叩き付けるような降り方をしていた筈だった。今やそっと空気を震わせるだけになったそれに、随分雨足が弱まったのを知る。
それでも雨の音を感じれば幾許かの肌寒さを覚えた。眠っている間に室温が下がったのか、もしくは単に感覚的なものなのか。
未だ微睡む意識でそんなことを考えながら、オレは瞼を開かないまま傍らに在る温もりへとにじり寄る。
温もりの許へぴったりと身体を付ければ、そこから心地良い温みが生まれる。それに安堵して鼻から深く息を抜き、再び眠りの中に落ちようとした時。
突然、身体を拘束された。しかもぎゅうと力強く。
がっちりホールドされている所為か、一切身動きが出来ない。
その苦しさに思わず瞼を開くと、間近に彼の顔があった。
抜けるように白く滑らかな肌だとか、閉じられた左瞼の上を走る傷の様子だとか、髪と同じ銀色をした睫毛の長さだとか。
眠っているだけなのに、驚くほど綺麗な面立ちに痛みや苦しさを忘れてただ見惚れてしまう。
付き合い出してから最早短いとはいえないくらい傍に居ても、どうやら見飽きるということはないらしい。
そんなことを頭に浮かべている内、不意に彼の眉間に深い皺が寄る。




「こんな日に限ってなんで雨が降るの!?信じられない!!!」




先刻、そう不機嫌に零していた際にも全く同じものが眉間にあった。それでも綺麗、と感じる面立ちは崩れないのだから、基が良い人間は得だな、とぼんやり思う。
今日はオレの誕生日で、丁度二人共休みだった。
こういう日に休みが被るなんて本当に稀で、彼は張り切っていろいろ計画を立てていた・・・らしい。
らしい、というのはサプライズの好きな彼が、オレには一切計画の詳細を教えてくれなかったからだ。
しかもどうやら屋外メインの予定を組んでいたようで、今朝がた風雨の吹き荒れる窓の外を恨めしげに眺めながら肩を落としていた。
それからすっかりしょぼくれてしまった彼を慰めつつ、予定のなくなったオレ達は部屋でごろごろして、つい転寝までしてしまったという訳だ。
でも、オレはこれで良かったと思っている。
真昼間から、畳に寝転がって何にもせずに惰眠を貪るなんてちょっと贅沢だろう?
それに彼は、この休みを取る為に相当無理をしていたのを知っている。ただでさえ近頃オーバーワーク気味なのに、ここ一週間はそれに輪をかけて忙しそうだったんだ。
何でもないような顔をしてはいたけれど、どれだけ大変だったかは受付に入っていれば自ずと伝わる。
だからこうして、ゆっくりと休ませてあげられるのがうれしい。
それと、こうして二人きりで過ごせるのも。
当然のように二つ名で呼ばれ、里の至宝とまで持て囃される彼は里にとってなくてはならない存在で。
忍であり続ける限り彼は里のものであり、その身体も、命でさえ里に属するものと見做される。
立場こそ違えど、それはオレとて同じこと。たとえ恋人になろうとも、その事実は変わらないと二人共十分にわかっている。
だけど、今日だけは。
朝も昼も夜も、彼はずっと傍に居てくれると約束した。
だから今日一日、彼はオレのもの、なんだ。
ふわふわと触り心地の良い髪も、温かな腕も、綺麗な顔も、皆オレだけのもの。
どこかに出掛けなくても、盛大に祝って貰えなくても、それが何よりうれしい。
くふふ、と思わず零れた笑いに、ん、と彼が声を漏らす。
一瞬ぎくりと身体が強張ったけれど、未だ深い眠りの中に落ちているのか瞼は持ち上がらない。それにそっと胸を撫で下ろす。
こうして無防備に眠っている彼を見ているだけで、不思議と胸の中に温かなものが満ちていくのを感じる。



―――・・でも誕生日は、本当はあまり好きではなかった。



いつもと変わらない一日の筈なのに、何故か無性に寂しくなったから。自分が生まれた日に独り、というのは子供心にも奇妙に堪えるものだったんだ。
部屋の隅で膝を抱えていれば、自分が世界中のどこからも弾き出されて、たった独りぼっちのように感じられた。
多分、両親を亡くしてから余計にそう感じるようになったんだと思う。両親が生きている間は、誕生日になると毎年必ず二人共休みを取ってオレを祝ってくれた。何の掛け値もなく、ただ純粋に歳を重ねたことを喜んでくれていたんだ。
けれど独りになって、そんな人間が両親以外に居ない事実を知った。
望んでも叶わないこと、それを口に出せば誰かの迷惑になってしまうことを、子供ながらにオレは学んでいた。
人に何かを望むのも自分の我儘なんだと、ずっと思ってきた。
だからこうして誕生日に、自分の為に傍に居てくれる相手の存在が、オレにとっては特別で一番のプレゼントなんだ。
・・・やっぱり、我儘言ってみて良かったな。
そんなことを思いながら、改めて彼の顔を眺めてみる。
きっと彼が聞いたら「そんなの我儘じゃない」とか「欲がない」なんて拗ねたように言われそうだけれど。
でもオレにとっては十分過ぎる我儘で、それでオレがどれだけうれしかったかってことを、きちんと彼に伝えられたらいい。
また、照れて真赤になっちゃうかもだけどな。
その様を脳裏に浮かべてくすりと小さく笑みを零すと、鼻先を彼の服へ埋めて瞼を閉じる。
雨音の帳に包まれた室内は喧騒から遠く、ほんの僅かに感じられる彼の匂いと、抱かれる腕の強さと、温もりだけが確かなものとして在る。
まるで世界に二人きりのような、錯覚。




―――・・ならばもう少し、このままで。




あくまで満たされた心持ちで思う内に、いつしかオレは再び眠りの中へと落ちていた。









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