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● いつもふたりで。 --- 後篇 ●




「ちょっとムック、どうしたの?!」
スタジオでの収録の為に、一週間ぶりに顔を合わせたガチャピンの第一声はこれでした。
「顔色すっごく悪いし、それになんかやつれてない・・・?」
眉間に皺を寄せ、わたくしの顔を覗き込んできます。
確かに、頬の様子や顔色が悪いことには気付いていました。ただ、あまりまじまじと覗かれるとわたくしとしても具合が悪いのです。
誤魔化すように笑いながら、ガチャピンの視線を避けるつもりで僅かに顔を逸らします。
「別に、何でもないんですよ」
それより他に、わたくしが言えることはありませんでした。
但し、それでガチャピンが納得する訳もなかったのです。
「嘘、何でもなくないでしょ。もしかして、ずっとお腹痛いのが続いていたとか?」
随分頓珍漢なことを言っていますが、ガチャピンがわたくしの身を案じているのは明らかでした。
けれど、そんな様子さえもいちいちわたくしの癇に障るのです。
何も知らないのならそっとしておいて欲しい。
それでもガチャピンはわたくしの思いには気付いた風もありません。
「ねえ、病院に行った?まだ行ってないなら今からでも行こうよ」
そう言うと、ガチャピンがわたくしの腕を掴みました。
しかしわたくしは反射的にそれを振り払っていました。
「ムック?」
「ガチャピンには関係ありません!放っておいてください!!」
苛立ちに塗れたわたくしの言葉に、目前のガチャピンの顔がみるみる強張ってゆきます。
それを目にしてハッとしました。今のは完全な八つ当たりです。
失言に慌てるわたくしを尻目に、ガチャピンは不意に不機嫌そうな低い声を出しました。
「・・・わかった。ムックの好きにすればいいよ」
「ご、ごめんなさいですぞ、ガチャピン!」
すぐに謝りましたが、ガチャピンの顔は強張ったまま。
わたくしに何も言わず、背中を向けて去っていきました。
ガチャピンは酷く怒っているようでした。背中越しにもその怒りが伝わってくるのを感じます。あんなに恐い顔をしたガチャピンを見るのは殆ど初めてかもしれません。どれだけ喧嘩をしても、先程のような態を見せることなんて今迄なかったのですから。
ガチャピンに嫌われたくなくて始めたダイエット。でもこれでは一体何の為だったのかわかりません。わたくしはすっかり悲しくなっていました。
ガチャピンを追い掛けることも出来ず、ただ泣きたい心持ちで一人廊下に立ち尽くすばかりでした。




そんな気拙い状態でも、決められた仕事はこなさねばなりません。
互いに微妙な空気を漂わせながら、スタジオ収録は終わりました。
しかしながら、時間を置いて別の撮影があるわたくし達は、そのまま控室へと戻ることになったのです。
一人で先に歩き出すガチャピンを追い掛けるように、わたくしも後へ続きました。一定の距離をあけて歩きながら、振り返らない背を見つめます。そこからは声を掛け辛い雰囲気が漂っていて、わたくしは噤んだ口を開くことが叶いませんでした。
先程のことを謝りたいのに。決してガチャピンに不快な思いをさせたい訳ではなかったことを伝えたいのに。わたくしは、どうしてこう何をやっても上手くいかないのでしょう。
気分がますます落ち込んでいくのと同時に、軽く眩暈のようなものを覚えました。近頃、こうした感覚が生じるのも日常茶飯事になっていたのです。わたくしは眉を顰めながら、控室へと続く階段を上りはじめます。
階段の踊り場へとさしかかったところで、足元がぐらりと揺れるような強い眩暈に襲われました。次いで血の気がすうと下がっていく感覚に、反射的に瞼を閉じたのとほぼ同時。身体が後方へ傾いでいくと共に、宙へと浮かび上がるような浮遊感がありました。
それに瞼を開けば視界が天井へと向いていました。しっかりと踏みしめていた筈の階段から足が浮き上がっているのも感じます。
どうやら足を踏み外したらしい。そう、妙に冷静に判断しているところで、視界の端に振り返るガチャピンの顔が映り込みました。
驚きに目を見開く顔を眺める内、後頭部に鈍い衝撃が走りました。
それ以降、わたくしの視界は完全に暗転したのです。




次に瞼を開いた時、わたくしは横臥する格好で畳に寝かされていました。
横になったままの視界に、ローテーブルと部屋に備え付けられた幾つかの鏡が映り込みます。見覚えのある光景に、ここが控室の中であるとすぐわかりました。わたくしの身体にはどこから持ち込んだものか毛布が掛けられ、頭の下には折り畳んだ座布団が挟まれています。
何故わたくしはこんなところで寝転んでいるのでしょう。
そんなことを考えている間に、徐々に明瞭になり出した意識が後頭部に生じる鈍い疼痛を呼び起こします。
わたくしが小さく呻くと、「ムック?」という声と共に、視界にガチャピンの顔が入り込みました。浮かぶ表情はどこか不安げで、またわたくしを案じる様子でもありました。
「痛むところとか、気分が悪いとかはない?」
訊ねられて、わたくしは素直に「頭が痛いです」と答えていました。
するとガチャピンの表情は見る間に曇ってゆきます。何故ガチャピンはそんな顔をするのでしょう。わからなくて、瞬きを繰り返していると。
「ムック、階段から落ちたんだよ。覚えてる?」
そう言われて漸く、わたくしは先程自分が階段から落ちたことを思い出しました。
「踊り場から真っ逆さまに下まで転がり落ちて、気を失っちゃったんだよ。その時に頭も打ったんじゃないかな」
ガチャピンの言葉に、わたくしは顔へ血が上っていくのを感じていました。眩暈で階段から転げ落ちた上に失神するなんて。もしかしたら、ガチャピンがここまで運んでくれたのでしょうか。なんて情けない。
内心で羞恥に悶えるわたくしに向かい、ガチャピンがぽつりと零します。
「僕、ムックが階段から落ちていくのを見た時、本当に心臓止まるかと思った」
改めて見遣ったガチャピンの顔は、どこか苦しそうに歪んでいました。
すっかり心配を掛けてしまったようです。深く思い詰めている様子の相手を前に、申し訳ない心持ちになって「すいません」と小声で謝りました。
すると今度は複雑そうな表情が顔に浮かびます。
「ムック、少し前から変だよ。何かあったの。・・・それとも、僕には言えない?」
どこか寂しそうに零す様に、わたくしは頭よりも強く胸が痛むのを感じました。決して、ガチャピンにそんな顔をさせたい訳ではないのです。
「違うんです!あの、わたくし、ガチャピンに嫌われたくなくて!!」
「え?」
怪訝そうな声を出すガチャピンに、わたくしは事情を説明しました。
以前より随分太ってしまったこと。
このままではガチャピンに嫌われるとダイエットをしていたこと。
その所為でイライラや眩暈が頻繁に起こっていたこと。
それらを痞えながら話せば、聞いていたガチャピンは何故か怒ったような顔付きになりました。
「ムック、僕は太ったら嫌いになるなんて一言も言ってないと思うけど」
「でも、ガチャピンは痩せている子の方が好きなんでしょう?」
わたくしの言葉に、ガチャピンは何故か呆れたように息を吐きました。
それは何もわかっていないと言いたそうな様子でもありました。
「僕はね、美味しそうに食べてるムックが好きだよ。沢山食べて幸せそうな顔をしてるのを見てるのが好きだよ。太ってようと痩せてようと、僕はムックが好きだ。無理して体調を崩したり、イライラしてるのを見る方がイヤなんだから」
きっぱりと言い切って、ガチャピンはわたくしを真直ぐに見ました。向けられる眼差しはあくまで真摯で、少しの嘘も滲んではいないようです。
わたくしはすっかり恥ずかしくなりました。ガチャピンが、太ったからといってわたくしを簡単に嫌いにならないことくらい、今迄の付き合いを考えればわかりそうなものでしたのに。
「ごめんなさいですぞ、ガチャピン・・・」
消え入りそうな声で謝れば、ガチャピンは漸く表情を緩めました。
「もう無理しないって約束出来る?」
その言葉にわたくしは頷きます。こんなことでガチャピンを悲しませるのはもうこりごりなのです。
「そう。だったらダイエット、僕も付き合うよ」
「本当ですか?!」
「うん」
「・・・でも、ガチャピンはする必要がないのに」
そうなのです。ガチャピンはわたくしから見ても羨ましく思えるくらい引きしまった体躯をしているのです。なのに無理をして付き合って貰うのは、とても申し訳ないことのように思えました。
けれどそんなわたくしに向かって、なんだそんなこと、と言わんばかりにガチャピンが鼻を鳴らします。
「ムックが頑張るなら僕も一緒に頑張るよ。だって今迄、ずっとそうやってきたじゃない。ひとりだと辛いかもしれないけど、ふたりならきっと大丈夫!」
にっ、と歯を見せて頼もしく笑うガチャピンに、わたくしの顔にも自然と笑みが浮かんでいました。優しくて、頼もしくて、格好良くて。こういう時、わたくしはガチャピンを好きで良かった、と心から思うのです。
「ふたりで一緒に頑張ろうね?」
ガチャピンの言葉に、わたくしは大きな声で「はい!」と答えていました。
その時、満面の笑みを湛えた相手に頼もしいものを感じる一方で何故か奇妙に引っ掛かるものも覚えていました。ガチャピンの笑みは何かの企みを隠しているような、少しばかりいやらしい様子にも取れたのです。
しかし今迄のこともあり、わたくしはそれ以上何も言うことが出来ないのでした。



「―――ほら、ムック頑張って」
ガチャピンが励ますようにわたくしに声を掛けてきます。
「も、むりです・・・っ!」
「無理じゃないの。ムックが動かなくちゃ、運動にならないでしょ?」
わたくしに向かってにっこりと微笑み掛ける顔は、屈託ないものと取ることも出来そうです。しかしすぐ目の前にある現状を見れば、誰もそれが屈託ないとは言えなくなるでしょう。
ベッドに仰向けで寝そべったガチャピンの上に、わたくしは跨っています。互いに服は一切身に纏っておらず、わたくしに至っては後口にガチャピンの張り詰めたものを受け入れているのです。
「Hってさ、すっごいエネルギー使うんだって。実際、ダイエットにも効果的らしいよ」
しれっとガチャピンは言っていましたが・・・本当なのでしょうか?
けれど実際、口からははぁはぁと荒い息が漏れて、額からは汗が伝う感覚もあります。確かに運動と似た効果はあるのかもしれません。
ただ、下から貫かれた状態で腹の内一杯に存在を感じていれば、そのまま動くということが如何に難いかを想像していただけるでしょうか。
しかもどうやらわたくしが望む通りに動くまでガチャピンは許してくれないようでした。ごろりと寝転がったまま、一向に動く気配を見せないのです。
わたくしは仕方なく、ガチャピンの身体を跨ぐ両脚に力を入れてゆっくりと腰を持ち上げ、再び落とすという行為を繰り返してみました。
わたくしが動く度にベッドがぎしりと鈍く軋み、濡れながらも変わらず熱を帯びる塊が内襞を深く浅く移動してゆきます。生じる感覚に背筋がぞくぞくと震え、身体の奥深くからはもどかしい痺れが這い上がります。
しかしそれを昇華する術をわたくしは持ち合わせてはいませんでした。
身の内に籠り続ける熱は、わたくしのものにも著しい変化を与えます。
触れられてもいないのに勃ち上がり、先端からはとろとろと透明の先触れを零し始めていました。それでもガチャピンはわたくしに指一本伸ばすことをしません。自ら動くこともなく、ただただこちらの様子を愉悦を多分に含んだ表情で以て眺めているのです。
ガチャピンはわたくしに意地悪をしたいのでしょうか。
それとも、心配を掛けたことに対する仕返しのつもりなのかも。
視界が、じわりと滲んできました。瞬きで散らそうと思っても、どうにも難しいようです。息を吸い込むと、喉がひっと高く鳴りました。
「・・・もう、そんな顔しないの。これだと僕が苛めてるみたいじゃない」
どこか困った様子で苦く笑ったガチャピンは、ベッドに手を付いて身体を起こしました。後口に受け入れたままの熱塊が襞を押し広げる形になり、わたくしは思わず「あっ」と声を上げていました。
するとガチャピンから伸びてきた手が、宥めるように頬を撫ぜました。汗の浮かぶ肌は触れられることを喜ぶように手のひらに吸いつきます。心地良さにそっと目を細めると、ガチャピンはやれやれといった様子で息を吐きました。
「本当に、ムックは仕方ないなぁ。今日は特別だからね?」
そう言うと、わたくしは胡坐をかく脚の上に腰を下ろす格好を取らされていました。そうしてガチャピンは向かい合うわたくしの腰を両方の手で掴み、下から激しく突き上げ始めたです。
闇雲に激しいのではなく、善いところを狙い澄ましたように突かれればもう堪りません。先程までの拙い行為とは比べ物にならない、ツボを押さえた巧みな攻めの前ではわたくしの身体など簡単に呑み込まれ、翻弄されるばかりなのです。
肌のぶつかる乾いた音、ぐちゅぐちゅと粘膜を擦る濡れ湿った音に、ベッドが動きに合わせて忙しなく軋む音が混じります。それらを耳にしながら、わたくしは縋り付くようにガチャピンの首に腕を回していました。
「あ、やぁ・・ひぁ、あ、ガチャピン・・・ッ」
はしたなく口から漏れる嬌声の合間に呼べば、ガチャピンからは僅かに笑う気配を感じます。
いつしか下生えをしっとりと濡らしていたわたくしのものにガチャピンの手が掛りました。既に腹に付きそうなくらい育ちきったそこに指が絡み、抜き上げられます。裏の筋を幾度も辿られ、敏感な先端の括れを執拗に抉られる内、徐々に手の中のものはにちゃにちゃと粘着質な音を立てるようになっていました。
前と後ろ、双方からの強烈な刺激にわたくしは為す術なく身を任せるしかありません。身体が熱くて熱くて、繋がった部分からとろりと身体が溶けていくようです。まるで全身が心臓になったみたいに耳の奥でどくどくと力強く脈打つ音まで聞こえています。もう、限界です。
「あっ、あっ、あ・・・あぁ―――――っ!」
わたくしがびくびくと身体を震わせて手の中に昂った熱を吐き出すと、ガチャピンも低く呻くような声を洩らしました。そして受け入れた最奥に感じる、熱い迸り。身の内を貫いていたものが緩まる感覚にわたくしはガチャピンの肩に凭れ掛る恰好でぐったりと身体から力を抜きました。
未だ整わない息は荒く、触れあった互いの肌からは冷めやらない熱と汗でしっとりと湿った感触が伝わってきました。心臓は全力疾走をした後のように早鐘を打ち続けています。これならば運動と呼んでも差し支えがないのかもしれません。
けれど、この行為を素直に運動と認めるのはなんだか癪にも障りました。全身に感じる倦怠感と疲労は、否応なくわたくしに圧し掛かってくるようだったのです。
しかしわたくしが身体の上から退けようとすれば、何故かガチャピンの手が抑えつけるように腰をがっちりと掴みました。
「ガチャピン?」
訝る声を上げた直後、わたくしは身の内に起こる異変を感じ取っていました。未だ後口に受け入れるガチャピンのものが、徐々に兆し始めているのを察知したのです。
「あ・・・っ!?」
「まだだよ。一回で終わってちゃ、運動にならないじゃない」
にいっと笑うその顔は、屈託がないように見えました。しかしながら、わたくしの目にはそれが悪魔の微笑みにも映ったのです。
そうしてわたくしは再び、ガチャピンと共に濃く激しい運動をさせられる羽目に陥るのでした。



それから毎晩のように二人で運動に励んだ結果、いつしかわたくしの体重は元に戻っていました。
「良かったね、ムック」
そう言って笑う相手に、わたくしは素直に笑い返すことが出来ないでいました。確かに体重は落ちたのですけれど―――どうにも腑に落ちない心持ちなのです。なにせ運動とは言いながら、殆ど命を削っているのでは、と思う瞬間も多々あったのですから。
最近のガチャピンの、妙に艶やかで上機嫌な顔を目にすれば余計にそんな思いが湧いてくるのです。
・・・でもまあ、痩せたということは事実なのですから、結果オーライということにしておきましょう。そうでなければ、ちっともやれません。
「また太ったら、いつでも協力してあげるからね?」
笑みと共に告げられた意味あり気なガチャピンの言葉に、しかしわたくしは二度と体重を増やさないようにしようと固く心に誓うのでした。








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