Slow Quick Slow Slow




彼氏にするならガチャピン、お父さんにするならムック。



そう口にしたキティちゃんは、眩しいくらいの笑顔だった。
そんな顔をされたら『アレ、これってもしかして・・・?!』なんて、僕じゃなくても少しは期待しちゃうだろう。それが、ずっと気になっていた相手だったら尚更。
だから僕は覚悟を決めて言ったんだ。


「僕、キティちゃんの恋人になりたい!」


目の前に沢山お客さんが居て、同じく沢山のカメラが僕に向いていることなんて全然頭になかった。
でも、僕の告白にキティちゃんはやっぱり眩しい笑顔で言ったんだ。


「ごめんなさい!わたし彼氏が居るの☆」


その時、表面上は平静を装っていたけど、内心では嵐が吹き荒れていた。
だって今度こそはいけると思ってたから、かなりショックだったんだ。
イベントなんかのインタビューで時々、僕とムック恋人にするならどっち?みたいな質問が出てくることがある。
するといつも僕の名前を挙げてくれる子の方が圧倒的に多い。
だから僕は嬉しくなって、相手に好意を抱いて・・・まあ、最終的には本気で好きになっちゃうんだ。
でも実際に告白してみると彼氏や本命の相手が別に居て、僕とは付き合えないと断られるばっかりだった。
本気じゃないなら恋人にしたいなんて言わなきゃいいのに。あーあ、僕って可哀想。
それにしてもキティちゃん・・・ダニエルなんかより絶対僕の方が格好いいのにっ!


「―――はいはい、そのくらいにしておいて下さいよ。みっともないったらありませんから」


僕の隣で至って冷静に突っ込むのはムック。どことなく言い方に棘のあるのは、気の所為ではなさそうだ。それに思わず恨みがましい目を向ける。
「ムック、傷付いてる僕に対して冷たくない・・・?」
「冷たいもなにも。無理矢理聞きたくもない愚痴に付き合わされているわたくしの身にもなって下さいませよ」
呆れたように言って、口調同様冷めた目で以て僕を見ている。
・・・キティちゃんにフラれた後、僕はムックを捕まえてずっと控室で話を聞いて貰っていたんだ。
僕がキティちゃんのことを如何に好きで、尚且つどのくらいばっちりしっかり想っていたか熱っぽく語っていたのを愚痴と取られてしまったらしい。
でも仕方ないじゃない。沢山の人の前で完膚なきまでにフラれたばっかりなんだから、話くらい聞いてくれたって。
「それはそうですけど。ただ、ガチャピンの場合はいつもじゃないですか。フラれては落ち込んで、わたくしに延々と愚痴ってくるし。それにキティちゃんのちょっと前はクロミちゃんで、その前はリトルツインスターズのララちゃんでしたよね?」
痛いところを衝かれて一瞬口籠りそうになる。でも、僕にだって言い分はあるんだ。
「・・・だって仕様が無いじゃない、みんなフラれたんだから!」
そう、僕がフラれたのはキティちゃんだけじゃなかった。
その前にクロミちゃんやララちゃんにも告白して、見事に玉砕していたんだ。
ああ、思い出しただけでも落ち込むし気が滅入る。ムックってば、こんな時なのに傷口を抉るようなことを言ってくれちゃって。本当、恨めしいったらない。
でも、こんな話を聞かせられるのもやっぱりムックだけなんだ。
ムックとは生まれた時からの付き合いで、今迄ずっと一緒に居るから僕のことなら何でも知っている。だから誰に話すより気安くて、何でも話せちゃう。
良いことも悪いことも、取り敢えずムックに全部聞いて貰っている感じだった。
「だからって、告白してダメだったからハイ次、みたく簡単に相手を乗り替えるの、止めたらどうですか」
苦々しい、と言わんばかりに眉間に皺を寄せてムックが言う。
でもさ、フラれた相手にいつまでも未練たらしくしてたって結局はどうにもならないじゃない。
それに世の中には可愛い女の子が溢れているんだよ。
ぐずぐず一人の相手を引き摺っているなんてつまらない、というより勿体ないじゃない!
「はあ、そうですか」
どこかナゲヤリな様子で言い、ムックは僕から視線を逸らした。
その顔に浮かぶのは、呆れとも蔑みともつかない表情。取り敢えず、好意的なものでないのは確かだ。
「・・・ムック、何その顔」
「いいえ、別に?」
わざとらしくにっこりと微笑まれたけど、それが本心から出た言葉と笑みではないことくらい僕にもわかる。
「いいよもう。あー、一体どこに僕の運命の相手が居るんだろ!」
心からの叫びに、隣のムックは深く息を吐いた。
それはどこか、憐れみさえ感じさせるものだった。





キティちゃんにフラれてから暫くは落ち込んだ僕だけど、いつまでもそのままっていう訳にはいかなかった。
だってまたいつ可愛い子に出会えるかわからないじゃない?センサーは常に張り巡らしておかないとね。
今度こそ、必ず絶対恋人を作るんだから。可愛くて、僕のことが大好きで、一緒に居るとこっちまでめろめろになっちゃうような子を。
―――・・なんて固く心に誓っていたからか、僕はまた出会ってしまった。


「こんにちは、ガチャピン」


その声は、はちみつみたいにとろりと甘いように感じた。
どこか舌足らずな調子で愛らしく挨拶された瞬間、僕の中には冗談抜きで電流が走り抜けていた。
そんな僕を、僅かに小首を傾げて見つめる相手に、僕が探していたのはこの子だったんだ、とすぐに悟った。
今にも零れ落ちるんじゃないかってほど大きな黒目がちの瞳とそこを縁取る長い睫毛。
声と同じく愛らしい顔立ちに掛る、毛先がふわふわとやわらかくカールした長い髪。
ふっくらとした唇に載る淡いピンクのグロスがとてもよく似合う。
パフスリーブの、袖口と襟元にレースのあしらわれた女の子らしい白いワンピースからは、華奢な手足が覗いている。
元々の背が低いからか、ウエッジソールのヒールの高いサンダルを履いていても、僕を見る時は必ず上目遣いになる。それがどこか頼りなさそうな印象で、僕がこの子を守ってあげなきゃ、と思うまでにそう時間は掛からなかった。
番組の収録で一緒になったその相手は・・・マイメロちゃんだった。
僕はひと目でマイメロちゃんに恋に落ちていたんだ。
それから僕は相手に猛アプローチを掛けた。
収録中も休憩時間も一緒に居られる間はずっと傍に居て、好きなものや嫌いなもの、よく聴くアーティストに、オフの日は何をしているか、なんてことを聞き出した。
最終的はなんと、携帯番号とメルアドを教えて貰うのにも成功したんだ!!
普段はどっちかといえばぼんやりしてる僕だけど、一度この子だ!と思った時の行動力はすごいものがある。
ただ、時々周りが見えていないみたいで、ムックからは呆れられるんだけどね。
でも正直、今回はいけると思うんだ。
普通どうでもいい相手に携帯番号やメルアドを教えたりはしないでしょ?現にキティちゃんには教えて貰ってないしね。
こうなれば一気に畳み掛けても大丈夫だったりするんじゃないのかな!
「・・・はいはい、そうですね」
浮かれる僕を尻目に、ムックはどうでもいいと言わんばかりの様子で返す。
ムックはこういう話になるといつもこうだ。控室では大抵二人きりになるから、遠慮なんて少しもない。
もしかしてまたフラれると思ってるのかな。
でも、今回はちょっと違うんだよね。なんていうか、思いの外相手の態度も好感触だしさ。
「だからムックも僕に協力してよね」
僕の言葉に、「なんでわたくしが」とムックはあからさまに嫌そうな顔をした。うん、これも予想の範囲内。
「いいじゃない。僕の恋が上手くいくかいかないかの大事な時だよ。それに僕が上手くいったらムックにも可愛い子紹介するし」
ムックにずっと彼女が居ないのは知っている。
今迄、特別に付き合った相手が居ないことも。
だから、僕が上手くいったらムックにもちゃんと女の子を紹介するつもりだった。
だって幸せを独り占めするのは悪いもんね。
なのに、ムックときたら急に僕から視線を逸らして、ぽつりと言ったんだ。
「・・・わたくしは、いいです」
「遠慮しなくていいじゃない。僕とムックの仲でしょ」
この言葉に、ムックはきゅっと唇を引き結んだ後、今度は怖い顔をしてこちらを睨んできた。っていうか、いきなりなに?
思わず怯んだ僕に向かって、ムックが一方的に捲し立ててくる。
「別に遠慮なんてしていませんですぞ!それにわたくし、好きな人が居ますから!!!」
正直、ビックリした。昔からずっと一緒に居るけど、ムックからそういう話を聞いたことがなかったから。
へえ、ムックって好きな人が居るんだ。僕の知ってる相手かな。
「ねえ、それ誰?僕にも教えてよ」
興味津々で訊ねれば、ムックは明らかにしまった、という顔をした。好きな相手のことを言うつもりはなかったのかもしれない。
でももう聞いてしまったんだから、僕としてはすごく気になる。
けれどムックは一言。
「言いません」
「えー、なんで?僕の知ってる人だから?」
「だから、言いませんってば」
探りを入れるつもりの言葉にも乗ってこない。
こうなるとムックは何があっても口を割らないと知っている。案外、口が堅いのだ。
ちぇ、ムックのケチ!
―――・・なんて思っているところで僕の携帯が鳴った。
メールの着信に、パンツのポケットに入れていた携帯を引っ張り出す。
画面に表示された相手を確認した瞬間、僕の気分は一気に高揚した。
「マイメロちゃんからだ!」


『ガチャピン、お仕事お疲れさま!わたし今、待ち時間なの。もし時間が空いていたら一緒にご飯食べない?』


マイメロちゃんが今居るというファミレスはここから近い場所にある。
収録の休憩時間や打ち合わせの合間にムックやスタッフとも行くことがあるんだ。
僕の方は今日の仕事は全部終わっている。そしてこの後も予定は入っていない。
本当はこの後ムックとご飯でも食べに行こうかと思っていたんだけど・・・でもここはマイメロちゃん優先で!だって直々のお誘いなんだもの、断る訳にはいかないじゃない。
今から行くね、と返信メールを打ちながら、僕は手近にあったショルダーバッグを引っ掴んで控室の入口まで急いだ。
絶対マイメロちゃんを待たせちゃいけない。早く行かなくちゃ。
でもそこでふと僕の背に向けられる視線に気付いて、扉の前で室内を振り返った。
「じゃあムック、僕行くね!お先!!」
そう声を掛けてから、ムックの返事を待たずに控室を飛び出していた。






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