GM SSS




持ち帰りの仕事がどうにも行き詰り、息抜きのつもりでリビングを覗く。
けれど部屋の扉を開けた途端、僕の眉間には自然と皺が寄っていた。
真夏の昼下がり、外はうだるような暑さで、勿論仕事をしている自分の部屋にだって冷房は入れている。
でも、ここの冷え方はあまりにも酷い。そこに居るだけで両腕にびっしりと鳥肌が立ちそうになるくらいなんだ。
ガンガンに冷房の利いたリビングで、僕はソファー傍に置かれたローテーブルに近寄る。そこにあったリモコンに表示された設定温度は22度。
因みに僕の部屋の設定温度は28度。そりゃあ、肌寒くも感じるだろう。
ただ、この温度に設定した本人は平然と、ソファーに身体を投げ出す恰好で横になっている。
ソファーの肘掛の一方に頭を乗せ、もう一方からは片足がはみ出し、背凭れに片腕と、そして残った足と腕は床へだらしなく垂れ下がっている。
二人掛け用のソファーはそれなりに大きいのに、規格以上に健やかに育った身体にはちょっと狭いみたいだ。
それで以て、着ているTシャツの裾が捲れ上がってそのぺったりと平らな腹が覗いている現状。
あーあ、これじゃあ寝冷えしちゃうよ。
「ちょっとムック、風邪ひくよ?」
肩に手を掛けて、身体を揺すってみたけれど、目を覚ます気配はない。
一度寝ると、ムックはなかなか起きないんだ。
そういえば、前にこの近所に雷が落ちた時にもちっとも起きなかった。
どぉぉん、とものすごい音に続いて、その音の振動でびりびりと部屋の中や窓ガラスが震えていたっていうのにムックは熟睡していたっけ。
・・・そんな相手を起こすのは至難の業なんだよね。
起きないムックを暫く眺めてから、僕は捲れ上がっているTシャツを直すと冷房の設定温度を上げた。そして自分の部屋からブランケットを持ってきて身体の上に掛ける。
ムックは人より暑がりで必要以上に設定温度を低くしがちだから、僕が居る時は気を付けるようにしているんだ。本人に言っても「わかってはいるんですがねぇ」って言うばかりなんだから。
ちょっぴり溜息を吐きたくなっている僕の前で、ムックはどこかあどけない、無防備な顔付きで眠っている。
その顔を見ていたら、不意に思い出す。


「ここに居ればガチャピンが帰ってきた時や、仕事中に部屋から出てきた時もすぐに顔を見られるんですぞ!」


これは、自分の部屋よりリビングで過ごすことの多いムックの言い分。
まるで自分自身が何よりすごい発見をしたかのように、どこまでも得意げな声調でそんなことを言っていたんだ。
それって単に部屋が汚いからじゃないの?とも思ったんだけど、言われて嫌な気分じゃなかった。僕だって、そういう時はムックの顔を見たいんだから。
勝手に頬が緩むのを感じながら、誤魔化すようにムックの髪に触れる。
そのふわふわと触り心地の良い柔らかな髪を梳いたり、指先に絡ませてみたり。こうしてムックの髪を構うのは好き、なんだけど。
「髪の毛をやたらと構いたがるのって、スケベな証拠らしいですぞ?」
にやにや笑いながら揶われて以来、あんまり構わないようにしている。
だって僕、そんなにスケベじゃないし。
そんなことを思っていたら、ムックが「ん」と小さく零して、髪を構っていた僕の手首をがしっと掴んだ。
起きたのかと顔を覗き込んでみたけど、ムックはまだ眠っている。
なんだよ、紛らわしい。ちょっとビックリしたじゃないか。
ブツブツ零しながら、掴まれた手首を外そうとしたのに・・・外れない。
何をどうやっても外れない。
手を振り払おうとしても、一本ずつ指を引き剥がそうとしても、その拘束はちっとも緩まなかった。ムックは案外、力が強いんだ。
でもこれじゃあ、ムックが起きるまでここから離れられない。まだ仕事が残っているのに。
恨めしい思いでムックを見ても、その顔は相変わらず無防備で。
それを目にする内に、僕もまあいっか、なんて思うようになっていた。
部屋からリビングに顔を出したのだって、結局はムックの顔を見たかったからだ。それにずっと根を詰めていたからこのまま少し休憩するのも悪くないのかもしれない。
そう、言い訳のように思いながら、ムックの顔の傍に頭を載せてみる。
傍で感じるムックの息遣い。
その体温。
頬に当たるやわらかなブランケットの感触。
掴まれた手から伝わる穏やかな温もり。




その全てが心地良く、僕もいつしか眠りの淵に落ちていた。







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