GM SSS




朝起きて、いつものようにパジャマのままキッチンに行くと先客が居た。
「おはようございます、ガチャピン!」
僕を見て元気一杯に挨拶をしてきた相手は、きちんと服を着替えてエプロンを身に着けていた。ついでに顔には爽やかな笑みまでのっている。どう見ても起き抜けではない相手・・・ムックの様子に、僕は正直戸惑わずにいられない。
だって普段ムックは僕に起こされて渋々起きるような状態なんだ。
しかもいつも僕が起こすよりよっぽど早い時間にこうして起きているなんて有り得ない。
今日は雨でも降るのかな・・・雲ひとつない快晴だけど。
「ほらガチャピン、ぼさーっと立ってないで座ってくださいよ」
立ち尽くしていた僕に、ムックがキッチンにある小さなテーブルに備えられた丸椅子を引いてくれる。毎朝そこで僕らは朝御飯を食べるんだ。
「ああ、うん」なんて曖昧な返事をしながら大人しく席に着く。それでも内心は納得出来ないもので溢れ返っていた。
・・・一体、ムックに何があったんだろう。
じっと様子を覗ってみても何があったかなんて見た目だけではわかりっこない。訝しむ僕の前で、にこにこと笑うムックはテーブルの中央にでん、と大きな皿を置いた。
「今朝は、わたくしが朝ごはんを作ったのでございますよ」
目前に置かれた大皿に載せられていたのは・・・おにぎり、らしきもの。
らしきもの、というのは、丸とも三角とも俵型とも言い難い、でもある意味芸術的な形をしている塊をおにぎりと言い切ってしまうのが僕にはどうしても躊躇われたから。兎に角、握ろうと思ってもなかなかこうは握れない、逆にこんな形にする方が難しいと思うような形状なんだ。
しかも、ひとつ辺りの大きさが半端じゃない。
ムックの大きな手のひら一杯に握ったと思われる塊が、申し訳程度に海苔を巻かれ、大皿の上にごろごろと積み重なっている。
きっとこれ、一生懸命作ったんだろうというのはわかる。
ムックは普段、料理なんて滅多にしないから。
でもちょっと作り過ぎじゃないかなぁ。だって僕、朝からこんなに食べられないよ・・・。
「ムック特製ですぞ!ささ、食べて食べて」
「う、うん。いただきます」
それでも勧められるままに、僕は皿の中から比較的小さいと思われる塊を手に取っていた。
見た目同様、それはずっしりと手に重かった。中に何か入っているんだろうか。形は不格好だけど、でもおにぎりなんだからそこまで悲惨なことにはなっていない、よね?
なんて誰にともなく問い掛けながら、僕は覚悟を決めてひとくち。
・・・・・・あれっ、美味しい。
塩味も適度だし、ご飯自体もふんわり炊きあがってるし、握り具合も丁度良い。あ、中に梅干しが入ってるや。僕、おにぎりの具では梅干しが一番好きなんだよね。
予想外の美味しさとそれに伴う安堵感で、ぱくぱくおにぎりに食いついていると。
「美味しいですか?」
ムックが湯気の立つ湯呑を差出しながら尋ねてくる。
いつの間にかお茶を淹れてくれていたらしい。
「うん、これ美味しいよ。ムックはおにぎり作るの上手だね」
湯呑を受け取りながら答えれば、ムックは僕の顔をじいっと見つめた後でにっこりと笑ってみせた。
「・・・元気、出たみたいですな」
「え?」
「やっぱり美味しいものを食べた時って、元気がもりもり!湧いてきますからなぁ」
一人で納得したように頷いているムックに、何のことかわからず首を傾げる。そんな僕を見て、気負いなく告げられた言葉に驚かずにいられなかった。
「ガチャピン、昨日元気なかったでしょう?」
昨日、確かに仕事で落ち込むことがあった。でも自分のことで余計な心配をさせたくなかったから、ムックには何も言わなかったのに。
「・・・ムックは何でもわかっちゃうんだね」
「そうです。わたくし、ガチャピンのことなら何でもわかるのでございますよ。ガチャピンが嬉しいのも、悲しいのも、怒っているのも、楽しいのも。だって、わたくしは誰よりガチャピンの傍にいて、ガチャピンのことを考えているんですから」
そう言って、ムックはどこか得意気に鼻の穴を広げてみせる。まるで子供みたいな仕草だ。
でも苦手な早起きをして、こうしてわざわざおにぎりを作ってくれたのは、みんな僕の為。
そう思ったら、単純だとは思うんだけど自分でもビックリするくらいに嬉しくなってしまった。
「そっか。すごいね、ムックは」
「そーですよ、わたくしはすごいんです!」
ムックが自分の胸を叩きながら照れた風もなく言うのに、僕はといえば自然と緩んでくる頬を誤魔化すみたいにしておにぎりに齧りついていた。
あんまり締まりのない顔をしていたら、すぐに気付かれて揶われてしまいそうだったから。
そんな僕の様子をどう取ったのか、ムックは妙に張り切った様子で言う。
「おにぎり、沢山ありますからしっかり食べて下さいませよ!足りないようなら、まだまだ作りますぞ!」
「ありがとう。でも、これで十分だよ。ねえ、どうせならムックも一緒に食べない?」
「・・・まあ、ガチャピンがそう言うなら、仕方ありませんねぇ」
なんて勿体ぶったように言いながらも、嬉しそうにおにぎりへ手を伸ばしている。
それを眺めながら、僕はムックが傍に居てくれることを心の底から嬉しく思っていた。





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