GM SSS




実は、自分はとても無趣味なのかもしれない。
リビングのソファーにだらしなく凭れ掛りながら、ぼんやりと天井を眺めるわたくしはひとり、そんなことを思う訳なのです。
ガチャピンが仕事で一週間、南の島へ出掛けて今日で5日目。
仕事以外の時間、だらだらとTVを観るのも、ソファーに寝転がって本を読むのも、食べたい時に食べたいだけお菓子を食べるのにも、そろそろ飽きていました。
かといって、どこかに出掛ける気分でもないのです。
仕事場とマンションの往復生活になって5日目、の現在でもありました。
こういう時、いつもならガチャピンが気を利かせて、「買い物に行こうよ」だとか「美味しいお店を見つけたんだ」なんて声を掛けてくれるのに。
そんなどうしようもないことを鬱々と考えてしまう自分にも、嫌気が差し始めていました。
ガチャピンが居たら、とか、ガチャピンなら、とか。
考えまいとしても、すぐに思考回路がそのようになってしまう自分が恨めしい限りなのです。でもきっと、ガチャピンはわたくしと違って今頃南の島で楽しくやっているのでしょう。
「今度行くところはね、自然が豊かで、空と海がすっごく綺麗なんだって。楽しみだなぁ」
なんて、出掛ける前に嬉しそうに話していましたから。
いつもと違う静けさが気になるのも、室内に人の気配や温もりがないのをいちいち確かめてしまうのも。気が付くとガチャピンのことを考えてしまうのも、自分ばかりなのでしょう。
でも本当に、ガチャピンはわたくしが居なくても全く平気なのだとしたら。
・・・ああ、いやだいやだ。
こんな悲観的に物事を考えてしまうだなんて、わたくしらしくありません。
これ以上余分なことを考えてしまわぬよう大きく頭を振っていると、リビングにある電話が鳴り出しました。静かな空間に、無遠慮に響く電子音に急かされて、わたくしはソファーから立ち上がると受話器を取ります。
「もしもし?」
「あ、もしもしムック?」
相手の声を聞いて、わたくしは驚いてしまいました。
「ガチャピン?どうしました、何かありましたか」
「いや、何かあったって訳じゃないんだけど・・・なんか、ムックの声が聞きたくて」
少し照れた声に、受話器を当てた耳元に熱が集まってくるのを感じました。しかしわたくしはそれを悟られないよう、どうにか声の平静を保ちます。
「・・・明後日にはこちらに帰ってくるのに?」
「うん、明後日には帰るのにね」
「仕様のない人ですねぇ」
可愛げもなく、澄ました声調で告げながらも、口元が勝手に緩んでくるのを止めることは出来ませんでした。わたくし以外誰も居ないリビングで、緩みきった口元を手のひらでそっと押さえていると。
「そういえば、ムックは何をしてたの?」
「わたくしですか?わたくしは部屋でごろごろしていましたぞ。あ、ガチャピンの分までお菓子もたっくさん食べています!」
「ムックらしいね」
受話器越しに、ガチャピンが笑います。そのやわらかな声音が、心地よく耳を擽りました。
それに少し、心が緩んだのかもしれません。
「ねえ、ムック」
「はい」
「僕が居なくてさみしい?」
「・・・・・・さみしい、のかもしれません。たぶん」
訊ねられて、思わずそう答えてしまったのは。
いつもなら、ガチャピン相手であれば絶対口にしなかったでしょう。だって同じ男として、さみしいと告げるなんて随分女々しいではありませんか。それにとても恥ずかしいことだ、とも思うのです。
わたくしの言葉に、電話越しにガチャピンは少し笑ったようでした。
「そっか。僕ね、この島に来てからずっとムックのことを考えてたんだ」
「わたくしのこと、ですか?」
「うん。この島の、青い空や青い海、道端に何気なく咲いている鮮やかな花とかさ。白い砂浜に座って、朝夕の太陽が空や海の色をそっくり染め変えるのを眺めたり、波の音を聞きながら夜空に零れそうなほど沢山瞬く星を見上げた時とかね。すっごく綺麗で、全部ムックにも見せてあげたいなって」
何気ない様子で告げられた言葉に、わたくしは胸が熱くなるのを感じていました。
南の島の、空の下。素晴らしい景色を眺めながら、ガチャピンはいつもわたくしのことを考えてくれていた。
それだけで、先程まで感じていた鬱々としたものは消え失せて、代わりにふんわりとやわらかなもので身の内が一杯に満たされていくようでした。
だから。
「今度は二人で一緒に来たいな。どう、ムック?」
なんて尋ねられたわたくしは、「はい」と答えるので精一杯。
そんな電話の奥で、ガチャピンを呼ぶ声がします。
「ちょっとゴメン」
そう言って受話器を離したと思われるガチャピンの、「わかりました、今行きます!」という少しくぐもって聞こえる声をわたくしの耳は拾っていました。
「僕、そろそろ行かなくちゃ」
「いってらっしゃい。がんばってくださいね、ガチャピン」
「ありがと。帰ったらゆっくり話そうね」
「・・・はい、待っていますぞ」



電話を切った後も、足が地に着いていないような、ふわふわとする心地がなかなか収まりませんでした。
そのふわふわとしたものをそっと抱えでもするように、わたくしは自分の腕を抱きます。
「・・・早く明後日になればいいのに」
何気なく口をついた言葉には、自分でも少し笑ってしまったのですけれど。






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