美尻シリーズ

ススム

  尻にまつわる、えとせとら。  




「カカシ先生って、いいケツしてますよね」

唐突に告げられたこの言葉に、オレは思わず我が耳を疑った。
ここは彼んちの寝室で、その時オレはパンツを脱いでいる最中(どうしてそういう状況なのかは察して貰いたい)で、それをベッドの上に寝そべって眺めている彼(既に生まれたままの姿)がしみじみと言うものだから、最初は単なる聞き間違いかとも思ったんだけど。
「ケツ、ですか?」と訊ねたら即「ええ」と返されたので、どうやら間違いではなかったらしい。
でもそれにしたってケツって。容姿のことを持ち出すにしても、いいケツって褒め言葉じゃないよね。
それにもし女に同じことを言ったら完璧セクハラですよ・・・?
「えー、だってアンタのケツ、きゅって引き締まって上向いてるし、すべすべしてそうだから絶対触り心地良いと思うんですよね」
そう言って手を伸ばしてきた彼に、下から尻の肉をぎゅっと鷲掴みにされる。
それに思わず「ギャッ!?」と短い悲鳴を上げたオレは慌ててその手の届かないところまで逃れると、力の限りを尽くして叫んでいた。
「何すンですかっ、イルカ先生のエッチ!」
ぞわぞわと全身に鳥肌が立っている。でもこれは仕方のないことだろう。だって尻を触る手に一切遠慮がなかったというか・・・アンタ本気で狙ってましたよね?と思わず訊ねたくなるような触り方だったんだ。
けれどそれに対して、彼はあくまでしれっと言ってのける。
「いいじゃないですか、別に減るモンでもないし」
にっこりと笑うその顔を、オレは信じられない心持ちで見つめる。
いやいや、全然良くないデショ。それにさ、オレってばさっきちょっぴり貞操の危機なんてものを感じちゃったんだけど。―――・・違うよね?単にオレのカンチガイだよネっ?!
「もう、あんまり細かいことを気にしてるとハゲますよ?」
そう、いやに暢気に言った彼は、「よいしょ」とオヤジ臭い掛け声を掛けて身体を起こすと、一言。
「ねえ、ケツ触らせて下さいよ」
顔は笑っていても、全身から不穏な空気を漂わせつつ言われて身の危険を感じないヤツが居るなら見てみたい。
そんなことを思いながら、じりじりと迫ってくる彼に、咄嗟に両手で尻臀を押さえたオレもじりじりと後退る。
オレ達こんな格好で何やってんの?と頭の冷静な部分が訴えてくるけれど、それを考えてやる余裕はない。
食うか食われるか、ヤるかヤられるか。今はそのギリギリの瀬戸際なのだとオレの本能が訴えているのだ。

「ねえ、カカシ先生」
「わ―――っ!絶対ダメです――――っっ!!!」

この後、暫く追いかけっこが続いたのだが、オレは辛くも彼の魔手から逃れることが出来た。



翌日、オレは気心の知れた仲のヒゲクマを血眼で探し回り、上忍待機所で漸くその身柄を確保した。
そして昨晩の出来事を洗いざらい全部話し、どうにか彼の本音を聞きだして欲しいと頼み込む。
それを、いかにも面倒臭いと言わんばかりの顔で聞いていたヒゲクマだったが。
「何でオレがそんなことをしなきゃならねぇんだよ」
なんてごね始める。その言い分は尤もだと思うが、これにはオレの未来と貞操と男としての沽券と、ええと兎に角、他にも色々掛かっているんだからお前も力を貸してくれ、というより寧ろ快く貸すべきだと途中で泣きを入れながら説き続けること一時間半。
「・・・ったく、面倒臭ぇ」
どこか疲れたように言いつつも、何とか了承してくれた。
やっぱり持つべきものは心優しい友人だねなんてしみじみ言えば、それを聞いていたヒゲクマは「ケッ」と短く吐き捨てた後で。
「大体、テメエで聞けば良いハナシじゃねぇか」
未だぐちぐちと零される言葉には一切耳を塞ぐことにする。
だって自分で聞くのって、やっぱりちょっと・・・コワイじゃない?




※ ※ ※ ※




「お前、アイツのケツ撫で回してるんだって?」
唐突に投げ付けられた言葉に、オレの向けた笑顔は中途半端に凍りついたように思う。
なにせ、ここは受付所。そんな話題を上らせて良い場ではないのだ。
ただ幸いなことに夕方のピークも過ぎて、今この場に居るのはオレと報告書を出しに来た『ヒゲ面のクマみたく男』と周りから評されるこの上忍師のみ。まあ、だからこそこんなことを訊いてきたんだろうけど。
「アイツが泣きついてきたぞ。『オレ、このままだとヤられちゃうかも!?』ってな」
トレードマークともなっている煙草を咥えたまま、クマ上忍師は唇の端を持ち上げている。その顔に浮かぶ笑みは、揶揄するような口調と相俟って、どうしても性質の悪いものに見えてしまう。
ったく、参るよなぁ。いつ何時誰が訪れるかもわからないような場所でこんな際どい話。
それに何で尻触ったのをこの人が・・・って愚問か。こんなことを話すのは、彼しかいないだろう。



彼が『ヒゲクマ』と呼んで憚らないこの上忍師とは、アカデミーの卒業生を通じて面識がある。
そのがっしりとした厳つい体躯に似合わず、繊細な気配りが得意で面倒見もいいから、昔から何かと問題のあった彼の世話を率先して引き受けていたと聞く。そのお陰で要らぬ苦労を背負い込むことが多かったらしいが、今じゃそれはそっくりオレの役目だった。彼と付き合い出してからというもの、毎日何かしらの苦労なり心労なりをしっかり賜っている気がする。
それでも彼を放り出さないのは、ひとえにオレが世話好きな所為、というしかない。
出生云々のこともあるのだろうが、彼は人間として足りていない部分が多過ぎるのだ。一人にしておくと、何を仕出かすかわかったモンじゃないし。
それに彼を見ていると、つい我慢出来ずに手を出してしまうんだよな、コレが。ここまで見事に相手を『ああもう、オレが全部面倒見てやるから黙ってついてこい!』的な心持ちにさせる、というのも一種の才能なのかもしれない。
―――と、話が大分逸れたけど、彼の方も口ではなんだかんだと言いながらこの上忍師を信頼しているようで、何かにつけて相談事を持ちかけているという話を聞いている。付き合う前は、オレの一挙手一投足を逐一この人に報告しては呆れられていたらしいし。
ただ、現在でもそれが続いているので、時折オレはクマ上忍師から突っ込んだことを訊ねられて、赤くなったり青くなったりと忙しい。彼には話すのを止めるよう再三に渡って注意しているのに、一向に効果がないんだ。本当、いい加減にして貰いたいモンだ。

「で、お前本当のところはどうなんだよ。アイツに突っ込みたいのか?」

オレがいつまでも黙ったままなのに業を煮やしたのか、クマ上忍師が単刀直入に訊ねてくる。
でも、そんなこと訊かれてもなぁ。
そもそも彼の尻を触ったのだって、単に触り心地が良さそうだから触っただけだったのに。彼の反応が面白くてつい悪ノリしてしまったけれど、突っ込む突っ込まないという深いところまでは考えていなかったんですが。
・・・まあ、完全にその気が無かったか、と言われれば素直には頷けないけどさ。受身に甘んじているとはいえ、オレだってれっきとした男なんだ。公言はしていないが、機会があればいつか逆転を狙いたい心持ちだってあるにはある。
但し、目の前に居るこの世話好き上忍師は、オレにきちんと全否定して欲しいに違いない。多分コレ、彼から頼まれて訊いているんだろうし。
しかしこの人、人が善いよな。普通頼まれても断るだろ、こんなの。だから付け込まれて迷惑被るんだな、可哀想に。
なんて、他人事ながら要らない同情をしてしまう。
この、目の前の憐れな上忍師に免じてすぐに事実を否定してあげても良い気がしたけど、でも一方で素直にそうしてやるのはどうにも癪に障る。そもそも今回のことだって、彼が直接オレに訊けば済む話なのだ。どうせ、自分で訊くのが怖いとか何とか言ってごねたってところだろう。ったく、変なところで小心なんだから。
それに彼と付き合い出してから、オレは至るところから浴びせられる好奇や敵意に満ち満ちた視線のお陰で、日常的に頭や胃の疼痛に悩まされているんだ。今だって、こうして第三者からこんなことを訊ねられているし。
・・・ここいらで少しばかり、仕返ししてみたって罰は当たらないよな?
「ええ、そのつもりですけど。だってあの人、本当にいいケツしてるし、突っ込んだら具合良さそうじゃないですか。案外イケると思うんですよね」
露骨に言えば、あんぐりと口を開けたクマ上忍師の口からポロリと煙草が床に落ちた。それに気付いたクマ上忍師は慌ててそれを靴の裏で揉み消しながら。
「お前、それ本気か・・・?」
呆けたように訊ねてくるのに、オレは内心でほくそ笑みながらしれっと答える。
「さて、どうでしょう。でも、オレだってやっぱり男ですからねぇ」
オレの返答に、クマ上忍師はどこか遠くを眺めるように「そうか」と言ったきり黙りこくってしまった。
そのどこか疲れ切ったような顔を眺めながら、ちょっと可哀想だったかなとも思ったんだけど。
でも今晩辺りの彼の反応が楽しみだという心の方が強くて、オレはクマ上忍師に気付かれないよう、ひっそりと唇の端を持ち上げていた。




※ ※ ※ ※




・・・大変なことを聞いてしまった。
お子様達との任務の後、上忍待機所で待ち合わせていたヒゲクマは、オレを見るなり明らかに可哀想なものでも見るような目付きをした。それが気になって問い質してみたら、言い辛そうにヤツは言ったさ。

「お前、狙われてるぞ」

その言葉を聞いた時、はじめは『何言ってんの、コイツ?』てな具合だったんだけど、よくよく聞いてみれば彼がオレの尻を狙っているってヒゲクマにはっきり言ったらしいんだよね。
やっぱりそうだったんだ。冗談じゃないのかなぁ、なんて心のどこかで淡い期待を抱いたりもしたのに。うわー、狙われてるのかオレの尻・・・。
「オレ、後ろはまだ清いまんまなんだけど、というか一生清いまんまでいられると思ってたんだけど!違うの、ねえ?!」
半ば恐慌状態で訊ねるオレに、ヒゲクマは一度も視線を合わせないまま「まあ、頑張れや」と慰めにも励ましにもならないような言葉をぼそぼそと口の中で転がして、待機所から出て行く。
それを呆然と見送った後、オレは恐慌状態にますます拍車が掛かった。
突っ込むのはいいけど、突っ込まれるのなんて絶対イヤだ。彼に突っ込んで、あんあん可愛らしく啼かせて善がらせんのが好きなんだよ、オレは。というより、逆に突っ込まれて自分があんあん善がって啼いてる姿は・・・想像出来ない。想像することすら頭が拒否してるっていうのに。うーわーあーっ、どうしよう、どうにかしないと!
そんなことを思ってみても、すぐに妙案なんて思い付くワケもなく。
日が傾いて、待機所内が完全に闇の中に落ちるまで悩んでみても、結局有効な手立ては何も浮かばないまま、現在オレは彼のアパートに居る。
そんなに悩むんならここに来なきゃ良いんだろうけどさ。
でも里に居る間は、一日最低一回は彼の顔を見て声を聞かなきゃ落ち着かないんだもん。体がもう彼無しではいられないようになってるんだよね、オレの場合。それがもう刷り込まれているというか。
だから会えない時は彼会いたさに禁断症状らしきものが出てきちゃうし、一目でも会えばそれだけで満たされる・・・とは成人男子として言い切れないけど。でも笑顔なんて見せられた日にはオレ、イチコロよ?木の葉一の癒し系なんて呼ばれて、伊達に殺伐とした受付所で受付嬢任されてないよね。
―――・・但し、そんな癒しパワーも今日のオレには全く届かず。
卓袱台を挟んで一緒に晩御飯を食べていたりするんだけど、自分の中に妙な緊張感が漲っているのを感じる。
今晩のメニューは秋刀魚の塩焼きに茄子の味噌汁とオレの好物が揃っているのに、何を食べても味がよくわからないから一向に箸が進まない。それでも一応口に入れて咀嚼してみるんだけど、少しも喉を通ってくれないんだ。その内、口内が飲み込めない食べ物で溢れ返って、ある意味拷問のようだとすら思えてくる。
そんなオレの様子など気に留めた風もなく、目の前に座る彼は今日の出来事をつらつらと語っている。

「今日ね、オレを訪ねてきた知り合いが」

シリ?

「でね、そいつが突っ込んで質問を」

ツッこむ!

「ああ、そういえばアカデミーで欠員が出ちゃって。その穴埋めをしないといけなさそうで」

ケツのアナ埋めぇ!?

彼の言葉の端々をそういった関連の単語に結び付けてはおかしい位に反応して、その都度口の中のものを吹き出しそうになったり、箸を落っことしたり、うっかり醤油を零しそうになるオレに。
「もう何です、さっきから」
ヘンなの、なんて笑う彼の楽し気な表情が、どこか苛めっ子のそれに似ているのは気の所為ではないハズだ。コレ、絶対ワザとやっているんだろうと思う。思うんだけど、でもそれを口に出して訊ねる勇気もなくて。
だってさ、しっかり肯定されちゃったらどうすんの!オレ、今でもちょっぴり泣きそうなのに、本気で泣いちゃうかもだよ!?
そんな心の叫びが、彼に届くハズもなく。
普段なら思わず見惚れてしまうような、最高に愛らしい表顔で齎されたのはトドメの一撃。

「ホント可愛いですね、アンタって。今すぐ食べちゃいたいくらいです」

―――っ、アンタは鬼だ!悪魔だよっ!
そう叫びたかったけれど、頭の中が他にも言いたいことでぐちゃぐちゃと溢れかえっていて上手く言葉に出来ないのが口惜しい。
その代わりに、ぼんやりと視界が滲み始めた頃。
「・・・っていうのは冗談で、別にアンタのケツなんて狙ってませんよ。あーもー泣きそうな顔しちゃって」
そう呆れたように言う彼に、鼻をきゅっと抓まれる。でもオレはすぐに信じることが出来ない。
だって、狙ってるって言ったんでしょ、ヒゲクマに。
「ああ、アレ。あんなの軽いジョークに決まってるじゃないですか」
あっさりと言ってのけられて、オレは張り詰めていたものが切れるのを感じた。そしてそのまま卓袱台の空きスペースに突っ伏す。
今までの心労は一体何だったんだろう。
一人で焦って、慌てて、オロオロ取り乱して。そんなオレを眺めて、アンタはさぞかし楽しかったんでしょうね。
「ええまあ」
―――・・こうもあっさり認められると、逆に返答に困る。
「アンタ、無害そうな顔して案外性質悪かったんですね・・・」
「今更何を言うかと思えば。イヤですねぇ、ささやかな仕返しと言って下さいよ」
「しかえし?」
「そうですよ。アンタはいっつも誰かにオレとの事を何でもかんでも話すじゃないですか。オレが居た堪れない思いをしてるの、知らないとは言わせませんよ。止めて下さいって頼んでも、全然止めてくれないし。だから仕返しです」
そう言うと彼は、オレの髪をくしゃくしゃと掻き回す。こうされるのは嫌いじゃないんだけど、正直今は微妙。
だって、ねえ。流石にコレはやり過ぎでしょ。オレ、本気で泣きそうになっちゃったじゃない。
「自業自得ですよ。少しは反省しました?」
訊ねてくる彼の顔をこっそり窺えば、どこか勝ち誇ったような笑みが浮かんでいる。それを目にしたら、素直に頷くのは何だか口惜しい気になった。オレにだって、なけなしだけどプライドってモンがあるんだ。そのまま黙りこくっていたら、髪を掻き回していた手が突然ピタリと止まった。
「・・・反省してないなら、冗談抜きで今すぐ突っ込みます」
良いですか?
固くなった声の調子に再び彼の顔を窺えば、顔全体は笑みのカタチを保っているのに、目だけはちっとも笑っていなかった。
こういう時は十中八九本気だというのを今までの経験上、よく知っている。
「わわ、反省してますよ?!オレの中では大反省大会絶賛開幕中ですってば!!!」
慌てて卓袱台から顔を上げて必死に言い募れば、一瞬呆けたような表情を浮かべた彼が今度はくつくつと喉を震わせて笑い始める。
「本当にアンタって、どうしようもないですねぇ」
そんな彼の様子を見て胸を撫で下ろすのと同時に、オレの立場の弱さを再認識して「敵わないなぁ」と零せば。
「どういたしまして」
だって。
いつまで経っても、オレはこの人にちっとも勝てる気がしない。
惚れた弱みなのか、何をされても嫌いになれない辺り、オレってヤツは本当にどうしようもないほど彼に嵌められちゃってるんだろうね、きっと。





ススム

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system