美尻シリーズ

モドル | ススム

  髭と煙草と、男と男。  




なんだか知らねえが、アイツらがまた喧嘩をしたらしい。
いや、オレとしては別に知りたくもなかったんだが。
確かアレは二、三日前だったか。


「猿飛上忍、あの二人を何とかして下さい!」


報告書を出しに受付所まで行った時、そこに居た中忍(と思しき)連中にいきなり周りを取り囲まれた。そいつらは受付で見掛ける顔ばかりだったから面識はあったが、直接話しかけられたのは初めてに近い。
何事かと訝るオレに、そいつらの口から次々と訴えられた内容は次の通りだ。
「少し前から、イルカとはたけ上忍の雰囲気がおかしいんです。はたけ上忍は受付所に来る度、威嚇するみたいに荒んだチャクラを放ってくるし」
「イルカはイルカでそんなはたけ上忍を完全無視、アウトオブ眼中という状態でして」
「それでますますはたけ上忍の機嫌が悪くなって、受付に座るオレ達はずっと生きた心地がしないんです!」
切実、とも取れる声で言い募ってくるいやに連帯感ばっちりの中忍(と思しき)連中の話を聞きながら、何故それをオレに言うんだ?と首を捻りたくなる。
大体、オレは無関係だろうが。言いたいことがあるなら直接当事者に話を付ければいいじゃねぇか。
「そんなの無理です!オレ達、はたけ上忍のチャクラを当てられただけで竦み上がっちゃうんですよ!?」
「いつもならイルカがそれを諌めてくれるのに、そのイルカもちっとも頼りにならなくて」
「それに、はたけ上忍は猿飛上忍の言うことなら聞くってもっぱらの噂じゃないですか」
一人がそう言うと、周りが皆一様にうんうんと頷く。

・・・ちょっと待て、そんな話は初耳だぞ?

オレは眉間に皺が寄るのを感じていた。
確かに、アイツは昔から何かと手の掛かるヤツで、仕方なく世話を焼いていた時期もあるにはあった。物心付く前から忍として戦場を渡り歩いていた所為か、アイツは人間として欠けているところだらけと言っても過言じゃなかったからな。
言葉が喋れなかったら畜生と同レベル、いや、もしかしたらまだ畜生の方が可愛げがあったかもしれない。
そんなアイツの状態を知りながら、里の上役をはじめ周囲の人間は黙ってそれを見ているだけだった。下手に手を出したら、何をされるかわからないと思ったんだろう。
ただ、このまま放っておいたら、アイツは間違いなく壊れる。
ずっとアイツを見ている内にどんどんそう思えてきちまって、面倒なことになるとわかっていたのについ手を出した。
それから続いているような縁だが、アイツがオレの言うことを素直に聞いたためしなんざ、全くと言っていいほどに、ない。
アイツは一旦こうだと決めると、たとえ火影相手でも盾突くようなヤツだから。それにオレがどれだけヒヤヒヤさせられたか。
ふ、と遠い目をしてそんなことを思い返していると。
「兎に角、オレ達仕事がし辛くて困っているんです」
「どうかあの二人を仲直りさせてやって下さい」
「オレ達じゃ、もうどうにもならないんです」
お願いします!と周囲を取り囲む一団に一斉に頭を下げられて、オレはガリガリと後頭部を掻く。

オイオイ、止めてくれ。それにオレは、そんな面倒臭ぇことをしてやる気も義理ねえよ。

とでも言えれば良かったんだが。
顔を上げた中忍(と思しき)連中の、期待と希望に満ち満ちた顔の前に、何も言えなくなる。
・・・これで断ったらオレが血も涙もない極悪人みたいじゃねぇか、くそ!
オレは我が身の不運を呪いながら、深く溜息を吐いて。
「あー、わかったわかった。取り敢えず話はしてやるよ」
そう告げれば、そこに居たヤツらは皆一様にホッとした表情を浮かべた。中には涙ぐんで「良かった」なんて言っているヤツまで居る始末で。
それを眺めながら正直、面倒臭ぇなあと思わずにはいられなかった。




とまあ、このような流れでアイツらのお守りを引き受けちまったワケだが。
厄介で面倒なことに変わりはないから、さっさと寄りを戻させて解放されたいと思う。
大体にして、アイツらに関わると碌なことがねぇんだ。
ちょっと前にも、尻を掘られる掘られないという話で揉めたとかで、アイツに頼まれて仕方なくオレが間に入らされたことがあった。
ただあれだけ大騒ぎしていたワリに、その翌日にはケロっとした顔で見ている方が鬱陶しくなるくらいイチャついてやがったからな、アイツらは。
それを思い出すと、未だに苦い物が込み上げてくる。
・・・今回は害を被らなければいいんだが。
多分無理だろうと諦め半分に思いつつ、オレはベストのホルダーを弄ると、煙草を一本取り出す。
それに加減した火遁で火を付けると、その煙を燻らせてゆっくりと吐き出す。
まあ取り敢えず、アイツの方から当たってみるか。
目星を定めて、オレは歩き出した。




現在、オレは上忍待機所へ向かっている。
そろそろ、アイツと下忍のガキ共との任務も終わっている頃だと踏んだのだ。
アイツはいつも待ち合わせ時刻に遅刻して行くらしいから、終わるのもどの班より遅くなるという寸法だった。
しかし最近のアイツの行動パターンは随分読み易くなった。
一時期女をとっかえひっかえしていた頃は、誰かにアイツがどこに居るか訊ねられても、里の何処かには居るだろうよ、と答えるしかなかったが、今ではどうだ。任務が終わった後は必ず、中忍先生が仕事を終えるまで本を読みながら待機所で待っていやがるのだ。
それはもう、主人の帰りを待つ健気な忠犬のように、どれだけ中忍先生が遅くなろうとも待っている。ただ、只管に待っている。
その姿に、前に一度親切心から。
「イチイチここで待たなくても、家で待てばいいじゃねぇか」
と言ったことがある。そしたら、ヤツは何て言ったと思う。
「だって一人で家に居るのって寂しいじゃない。それになるべく好きな人の近くに居たいし。でもま、恋する男心のわからない熊には全然関係ないんだろうけどね」
ときたもんだ。どれだけ女が必死に追い縋っても、それをばっさばっさと切り捨ててきた男の台詞とは到底思えない。
「んー、だってオレ、イルカ先生のこと愛しちゃってるし?」
なんて、至極あっさりと言ってのけられた。多分、口布の下では唇の端を持ち上げていたに違いない。ケッ、さらっと惚気やがって。
しかし、もう三十路も近い男が熱を上げる恋人一人にこうなろうとは一体誰が予想しただろうか。
まあ、ガキの頃のように何事にも無関心、無感情、無感動よりかはよっぽどマシだとは思えども。
ただ、顔を合わせれば毎度のようにしつこく惚気てくるのだけは頂けない。中忍先生と付き合う前、ストーカーのように身辺に張り付いていた頃からそうだ。

「イルカ先生ね、受付所でオレにいっつも最高の笑顔で『お疲れ様です』って言ってくれるんだよね!アレって絶対、オレに気があると思わない!?」

いや、皆と全く同じ顔をしてるように見えるが?

「この間、イルカ先生の誕生日だったんだけど、オレ受付所まで歳と同じ数のバラの花を持って行ったの。そしたら先生、『うわァー・・・』とか言って物凄く喜んでくれたんだよね〜」

それは喜んでたんじゃなく引いてたんだろう、間違いなく。

「アカデミーでさぁ、ガキ共が調子付いてイルカ先生に抱きついたりしてるんだよね。誰のものかわかるように一回きちんとシメとこうかなぁ?」

・・・オイオイ、大人気ないだろ、ソレは。

あの頃はアイツがヘンな行動を起こさないよう終始見守るのが日課だったなと、しみじみ思い返す内に目的の部屋に着いていた。
扉の前に立つだけで感じる、暗く澱んだ、只管重苦しく鬱陶しいチャクラに、オレの顔は自然と渋くなる。
この分だと、中にはアイツ一人だろう。オレ含め、誰も好き好んでこんなところに居座りたくはないからな。
覚悟を決めて待機所の扉を開けた途端、オレは篭っていたであろう不快なチャクラを真正面から浴びることとなった。
それにすぐさま扉を閉めて回れ右をしたい衝動に駆られたが、何とか堪える。ここで逃げてもどうしようもない、取り敢えずアイツから話を聞かにゃならんのだ。
自然と眉間に深く皺が寄るのを抑えきれないまま、オレは中へと足を踏み入れる。
そして目に入ってきたのは、待機所内に設置されている長椅子のド真ん中に、わざわざ膝を抱えて座っている目的の人物の姿。
額当てに隠されていない片目は完全に据わり、肌を刺すようなぴりぴりとしたチャクラを放ち続けている。
いかにも声掛けんじゃねぇ!と言わんばかりだが、コイツの場合、その解釈では間違いだ。こういう態度の時は、逆に声を掛けられたいらしい。基本的に天邪鬼だからな。
そういう風にしか人の気を引く術を知らない男。「子供より手が掛かる」とは中忍先生の弁。
ただ、それを構っちまうオレも、悪いっちゃあ悪いんだろうが。
距離を縮める度に不快度の増すチャクラに舌打ちしたくなるのをどうにか抑えて、オレはアイツの隣まで辿り着くと、そこにどっかりと腰を下ろした。
それでも、ヤツは何も喋ろうとはしない。
でもなんとなく、鬱陶しいチャクラが緩んだような気もする。
・・・まあ、あくまでもなんとなく、なんだが。
オレは短くなった煙草を目の前の灰皿に押し付けて、ベストのホルダーから新しいものを一本取り出し、口に咥えて火を付ける。
それを静かに味わいながら、アイツの方を見ないまま敢えてストレートに訊ねてみる。
「お前、中忍先生と喧嘩したんだって?」
すると鬱陶しく漂っていたチャクラが激しく乱れるのを感じた。
お、良い反応。喧嘩してるってのは間違いさそうだな。

「どうせまた、お前が怒らせるようなことしたんだろう」

―――どうもコイツは自覚なく人の神経を逆撫でする才能というのを持ち合わせているらしい。
他人の感情の機微に疎いというか、正直にモノを言い過ぎるというか。
ちょっと考えれば、それを言ったらマズイだろ、とわかりそうなことでも平気で口に出しやがるのだ。
この前も、腹に肉が付いてきたのを気にする中忍先生に。
「大丈夫、ふくよかなくらいが丁度良いんですって!だって、触った時ぷにぷにして気持ち良いじゃないですか!!」
なんて力一杯宣ったお陰で、大喧嘩に発展したらしい。
その仲裁にいつものことながらオレが入る羽目になって、後々物凄く疲れたんだったな。
明後日の方向を眺めながら、そんなことを思っていると。
「違う、今回オレはちっとも悪くない!だってアレはオレの所為じゃないモン!!」
ないモンってお前、幾つだよ・・・?それに自分の所為じゃないって言ってる時点で、何かをやらかしたって自覚はあるってことだろ。
色々突っ込みを入れたい事柄はあったが、敢えて我慢して。
「じゃあ何で中忍先生の機嫌が悪いんだよ」
そう訊ねれば、よくぞ聞いてくれました!という顔をこちらへ向けてきたので、このまますんなり原因がわかるかと思いきや。
その後、急にはっとした顔付きになったアイツはボソっと一言。
「・・・やっぱり、いい」
そう零して、顔を元の位置に戻すと再び黙り込んでしまう。勿論、それにオレの肩はガックリと落ちた。
つうか、なんだソレ。言いかけたんなら最後まで言えよ、気持ち悪い。
「―――っ、いいったらいいのっ!煩いんだよ、こンのお節介グマ!!」
もし口布が無かったら、口角に泡を飛ばしていただろう勢いで悪態を吐いたアイツは、オレの目の前からドロンと掻き消える。
チッ、逃げやがったか。
しかしアイツがあそこまで頑ななのも珍しい。中忍先生のこととなれば、たとえそれが惚気だろうと喧嘩であろうとオレに報告してくるのが常だというのに。
ただ、アイツから情報が得られないとなれば仕方ない。もう一方を当たるか。
そう腹を決めて、オレは煙草を灰皿に押し付けると椅子から立ち上がった。




受付所に向かう道すがら、オレは向こうから目当ての人物が歩いてくるのを目敏く捉えていた。
後ろで一つに引っ詰められた髪に、鼻の上を走る一文字の傷。
ピンと伸びた背筋といい、まっすぐ人を見る黒目がちの瞳といい、アイツとは対極の存在。
だからこそはじめ、何故アイツが中忍先生に惹かれたのか少しもわからなかった。
特別綺麗な顔をしているワケでもなし(それ以前に男だし)、目立つ戦績を上げているということもない。それよりかは真面目で堅物、取っ付き難いというイメージすら持っていた。
それでもアイツを見張るついでに中忍先生を観察していく内に、その認識は百八十度変わった。
よく笑い、よく怒り、そしてよく泣く。忍にしてはストレート過ぎる感情と、それに合わせてころころとよく変わる表情。それでいて、自らの信念は何があろうとも曲げない頑固な一面も持っている。それはアイツが受け持つガキの一人に、色濃く受け継がれている特徴でもある。
何があろうとも、まっすぐに物事と向き合う姿。それにアイツは惹かれたんじゃないだろうか、と今では思う。
それにしても、沢山の人間に慕われる中忍先生が何故わざわざ問題過多なアイツを選んだのか、気になって訊ねたことがある。

「うーん、なんていうか・・放っておけなかったんですよね・・・」

鼻の傷を掻きながら、どこか遠くを見るような目をしてそう言っていたものだ。
それに、コイツもオレと同じで苦労を背負い込むタイプだと悟り、密かに同情と親しみを感じたのを覚えている。
それからオレも、中忍先生と親しく付き合うようになったんだったか。
そんなことを懐かしく思い出していると。
「あっ、アスマ先生!」
向こうから先に声を掛けられてしまった。
「お疲れ様です。今から報告書出しに行かれるんですか?もう少ししたら混む時間だから、なるべく早く行って下さいね」
昔と少しも変わらない、先生然とした調子ではきはきと喋る様にオレは洩れる笑いを噛み殺しながら、告げる。
「いや、違う。お前を探してたんだ」
「えっ、オレですか?」
何事かと目を瞬かせる中忍先生に、オレは先程までの待機所での出来事を包み隠さず話してきかせた。
その話を聞いた中忍先生の眉間には徐々に深い皺が刻まれていったのだが、それは見なかったことにした。
「お前、アイツと喧嘩でもしてるのか?」
「うーん、喧嘩っていうか、なんていうか」
珍しくもごもごと口篭る様子に、これはワケ有りだとすぐに悟る。もしかしたら、ここでは言い辛いことなのかもしれない。
「なあ、ちょっと付き合わないか?」
そう言って杯を傾ける仕草をすれば、中忍先生は少し考える素振りを見せてから小さく頷いてみせる。
そこで待ち合わせの店と時刻とを決めて、オレはその場を後にした。




そうして現在、オレは居酒屋の店先で中忍先生の到着を待っている。
待つだけ、というのがどうにも手持ち無沙汰で、時間潰しにベストのホルダーを漁って取り出した煙草を口に咥えた時、丁度中忍先生が居酒屋に姿を見せた。
「終わるのが、遅くなってしまって」
どうやらアカデミーから駆けてきたらしく、息が軽く上がっていた。そこまで慌てて来なくてもよかったんだが。
「オレ、人を待たせるのが嫌いなんですよ」
その言葉を聞いて、時間に相当ルーズなアイツに爪の垢でも煎じて飲ませてやればいいと本気で思った。
ただ実際、遅刻癖を毎日のように中忍先生に咎められて、少しずつ改善はしてきているらしい。
「あの、ここで立ち話もなんですから、中に入りませんか?それに・・・」
そう言って周囲に目を遣る中忍先生の姿に、オレ達二人が注目を浴びているのを知る。中にはこちらを指差して、ひそひそと囁き合う者までいるほど。居酒屋の前で忍二人が立ち話をしているなんて姿は、里の中じゃ見慣れたモンだろうに。
あからさまに向けられる視線に訝るオレを、「いいからいいから」と中忍先生が店の中へと押し遣る。
「多分あの人達、オレとアスマ先生って組み合わせで気付いちゃったんじゃないですかね」
「気付くって?」
「また、オレとカカシ先生に何かあったんじゃないかって」
その言葉に、オレは漸く納得がいく。確かにこいつらが揉めた時は、必ずオレも引っ張り出されているからな。
無駄に名が通っているお陰で、アイツに纏わる事柄はちょっとしたことでもすぐ噂になり、あっという間に里中に広まる。
その噂を広める者の中にはアイツの信派を気取る厄介な輩なんかも居て、中忍先生に対する妬みや嫉みを綯い交ぜに、有る事無い事を方々に触れ回っているらしい。
「・・・大変だな、お前も」
「そうでもないですよ、もう慣れましたから。それに、あんなのは相手にするだけ疲れますからね。何言われたって、オレ達の間でわかり合っていればいいんだし」
言いたいように言わせとけばいいんですと言い切って、にっと唇の端を持ち上げる中忍先生を眺めながら、アイツには勿体無い相手だと心の底から思う。
そのまま中へ入ったオレ達は、「いらっしゃいませ!」と方々から聞こえてくる店員の声と、賑やかで騒々しい店内に出迎えられた。週末の居酒屋は沢山の人間で溢れ、それぞれのテーブルに着く誰もが楽しそうに見える。
そんな中で丁度空いていた、店の中でも奥まった位置にある衝立の置かれた角席を選ぶ。誰が聞いているかわからない場所、というのに変わりはないが、それでも一応の配慮だ。
そこに中忍先生と向かい合って座り、適当に頼んだ酒と料理を交えつつ、最初は取り留めのない話をした。オレの預かるガキ共の話なんかを中心に、まあ色々と。
その間にも酒は進み、中忍先生にいい感じで酔いが回ったと思われる頃、オレは漸く本題を切り出した。
「お前、アイツと何があったんだ?」
この言葉に、中忍先生は両の手で覆うように持っていた日本酒の入ったグラスに視線を落とした。
「んー、何かあったっていうか・・・」
先程、廊下で訊ねた時と同じようにもごもごと口篭る。
そんなに言い辛いことなんだろうか。かと言って、このまま終わらせるワケにもいかない。後々の為にも、一応原因だけははっきりさせておく必要があるんだ。
「なんだ、はっきりしねぇなあ。言うなら言えよ、全部聞いてやるから」
そう促せば、中忍先生はオレの顔をちらりと窺うように見た後で。
「・・・あんまり大したことでもないんですけど」
どこか勿体ぶった様子で言う。その口調からして、本当は誰かに言いたくて堪らなかったんじゃないか、とさえ思ったほどだ。
「実は・・・」
それでも事実を語ろうとする中忍先生の前に、オレは自然と身体に力が入った。
但し、この後続いた内容にすぐに脱力することにはなるのだが。


「―――・・ナニ、しっしん?」


「そうなんですよー。一週間くらい前だったかな。カカシ先生のお尻に、急に赤いブツブツが出来ちゃって」
本当に困った、とでも言いたげな様子で語る中忍先生を眺めながら、オレはどうして尻の湿疹如きで喧嘩に至るのか理解出来ずにいた。
だって湿疹だぞ。あんなの、病院に行けばすぐ治るようなモンだろ。
「オレだってそう言いましたよ。でもそうしたら、あの人急に怒り出しちゃって。オレからしたら親切で言ってるのにいきなりなんだよ!ってなりますよね?」
唇を尖らせつつ同意を求めてくる中忍先生に、オレの中で引っ掛かることがひとつ。
アイツの精神年齢は確かにそこら辺に居るガキと同じ(否、それ以下の時もある)だが、そんなつまらない理由でキレたりする男ではない(多分)。それに、中忍先生が相手なら尚更そうだろう。なんだかんだ言っても、アイツは中忍先生に相当入れ込んでいるからな。
この間も。
「人の居る前でチューしようとしたら、殴られちゃった」
と頬を擦りながら、何故かデレデレしていたくらいだし。そいつがキレるということは、まだ他に理由があるのかもしれない。
「なあお前、まだオレに言ってないことがあるんじゃないのか?」
そう水を向けてみれば、案の定、目の前の中忍先生はバツが悪いというような顔をして、何かを言おうとしていたんだが。


「イルカ先生はねっ、オレの心配じゃなくて、オレのケツの心配しかしてくれなかったんだよっ!」


背後から唐突に話に加わってきた声に振り向けば、そこにはいつの間にかアイツが立っていた。
・・・なんだよお前、どうしてここに?
訊ねようかとも思ったが、止めておいた。どうせ、中忍先生の後でもこっそり付けてきたに違いない。
それくらいなら普通にやる男だからな。
「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないで下さいよ!オレは早く病院行けって言っただけじゃないですか」
アイツの言い分を聞いた途端、猛然と反論する中忍先生に、すっかり興奮していると思しき声が返る。
「ケツは別に痛くも痒くも無いし、大丈夫だって何回も言ってるでしょ!それに病院行くってことは、オレのケツを何処の馬の骨とも知れないヤツにまじまじと見られるってことですよ?それでもアンタは平気なんですか!?」

何処の馬の骨って・・医者だろ・・・?

「そうですよ、それにもし放っておいてブツブツの範囲が広がったらどうするんですか!オレ、アンタのつるんとしたキレイなケツが好きなんです!というより、そうじゃないと許せないんです!!だから、早く治して下さい!!!」

オイお前、もしかしてそれが本音か・・・?

「いーや、それだけじゃないですよ。もしその湿疹が伝染るヤツだったらどうしてくれるんですか!オレ、そんなのケツに出来るなんて、絶対イヤですからねっ!!」
「うわっ、やっぱりアンタ、オレのケツと自分のことしか心配してないじゃないですか!」
「煩い、それがイヤなら早く病院行け!で、治るまでオレに一切近付くなっ!!」
「何ソレ!?酷い、あんまりだっ!」
喧々囂々、ワーワーギャーギャー。
これが里を代表する上忍と、里の未来を担う子供の手本となるべき中忍の会話なのかと思うと、本気で泣けてきそうになる。
今や、居酒屋中の人間が、ヤツらの遣り取りに釘付けになっている。これだけやれば、明日辺り里中この話題で持ちきりになるに違いない。
それでも、当の本人共は気にした様子が全く無い。
ここで止めに入っても、結局オレが疲れて終わるだけだろう。
所詮、こういうヤツらなんだよな。
似たもの、というか、割れ鍋に綴じ蓋?


「アホくせぇ・・・」


このオレの呟きは、勿論ヤツらに届くハズもなく。
オレはベストから煙草を取り出すと、火を付け、ゆっくりと燻らせる。
そして吸い込んだ煙を溜息交じりに吐き出すという行為を、ヤツらの言い合いが収まるまで続けたのだった。








その後風の噂で耳にした話では、中忍先生が喚き散らすアイツの首根っこを捕まえ、実力行使で病院まで連れて行ったらしい。
中忍先生立会いの下で医者に尻を診てもらい、そこで処方された軟膏薬を付ける内に湿疹は完璧に治ったそうだ。
それと共にヤツらの仲もすっかりばっちり元通り、という流れだったと聞いている。
・・・相変わらず、人騒がせなヤツらだ。
そしてオレはといえば、受付所の中忍(と思しき)連中にぐるりと取り囲まれ、受付所内で泣きながら目一杯感謝の意を表されたり、待機所ではアイツに捕まっていつもよか濃い内容(自分比)の惚気話を延々聞かされたりと色々面倒臭かったりしたんだが。
まあ、コレはどうでもいい話だな。






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