美尻シリーズ

モドル | ススム

  ケツ戦は、金曜日。  前編  




―――・・なんだろう、この状況。
風呂上りに、彼んちの居間の畳に四つん這いにされている今現在。
しかも、そんなオレの背後には彼の姿。
オレが唯一身に纏っているパンツも、躊躇う様子すら見せない彼の手によって一気に引き下ろされる。
その瞬間、完全に剥き出しになるオレの尻。
そして、その尻に刺さる痛いほどの視線。
あまりの居た堪れなさに、思わず泣いてしまいそうなオレの背後で。
「あー、いいですねぇ。やっぱりカカシ先生のケツはこうでないと」
なんて幾分はしゃいだような声を上げる、彼の人の表情を窺い知ることは出来ないけれど。
声の調子から、きっと会心の笑みを浮かべているに違いないと思って、オレは非常に微妙な心持ちになっていた。






全ては、二週間前の週末から始まる。






「う・・・うわあああぁぁぁぁぁぁッ!?」
突然、狭い室内を轟かす勢いで悲鳴を上げた彼に、オレは吃驚して身体を竦ませる。
その時のオレは、彼んちの寝室にてパンツを穿こうとしていたところ(どうしてそういう状況なのかは想像にお任せする)で、彼に背を向けていたモンだから、一体何が起こったのかとすぐに彼の方を振り返った。
するとベッドの上で裸のままシーツに包まっていた彼は、わなわなと震えながらオレを見ていた。ついでに、その健康的な肌の色をすっかり青褪めさせている。
「ちょっと、何があったの!?」
驚いて問えば、彼は震える指でオレの下半身を指すと同じく震える声で告げる。
「カ、カカシ先生、そ、それ」
「え?」
「そんなに、どうして・・・」
「ん?」
「ケツが、オレの大事なケツがああぁぁぁぁぁあッ!」
この世の終わりと言わんばかりの声を上げた彼は、そのまま布団の上に突っ伏して号泣し始める。そんな彼の様子にオレは面食らいながらも、恐る恐る訊ねてみる。
「・・・オレのケツがどうかしたんですか?」
「何なんですか、そのブツブツ!しかもそんなに沢山!!」
バッと顔を上げた彼の迫力にたじろぎながら、オレは真相を確かめる為に尻へ目を遣った。するとそこには確かに紅い湿疹のようなものが無数に出来ていた。実はオレ、今迄こんなの尻に出来たことなかったから、逆に珍しかったりもして。
「わ、ホントだ。スゲエなぁ」
どこか他人事のような感想を述べたのが気に食わなかったのか、彼は涙目のままオレを睨み据えてきた。
「どうしてそんなになるまで放っておいたんですかっ!オレがアンタのケツを好きなの知ってるくせに!!アンタのケツにそんなものがあるなんて・・・絶っ対許せない!一刻も早く病院に行って下さい!!」
凄い剣幕で捲し立てる彼の顔は怖いぐらいで、一瞬怯みそうになった。でも湿疹が出来ていても、別に痛くも痒くもないんだよねぇ。だから今迄気付かなかったんだろうけど。
病院に行かなくても、案外その内治ったりするんじゃないの、コレ?
「ナニ言ってんですか、折角キレイなケツに生んで貰っておいて!そのまんまにしとくなんて、オレ絶対許しませんからね!!」
神への冒涜だ!というところまで盛り上がっている彼を、少しばかり遠くを見るような目でもって眺めながら。
「いいじゃないですかケツくらい。ブツブツでも死ぬワケじゃないし」
どうしても言葉が投げやりになってしまうのは仕方ないだろう。
だって尻だよ?男で尻なんざさして重要な部分じゃないじゃない。
しかしそんなオレの態度に彼は信じられないとばかりに怒り狂い、すぐにベッドへとオレを呼びつけ、その上に正座させた。そして『尻がキレイなのは如何に素晴らしいか』というのを真剣に、また只管大真面目に説き始めたので、流石のオレもうんざりしてしまった。
彼がオレの尻を好きなのは知っているけど、コレはちょっと異常なんじゃないだろうか。もしかして、オレより尻の方が大事だとか思ってるんじゃないの、この人?
咄嗟の思いつきだったが、一度そう思ってしまうとなんだかそちらの方が真実のように思えてきて、つい。
「さっきから聞いてれば、ずっとケツ、ケツって。オレとケツとどっちが大事なんですか!」
「ケツです!」
即答だった。
迷う様子すら見せず、疑念の余地を挟む間もないくらい簡潔な答えに、オレは一瞬呆気に取られた。しかしながら、その内どんどん怒りが湧いてくるのを抑えられなかった。
だって、尻より低いオレの立場ってどうなのさ!それじゃナニ、オレの尻がキレイじゃなかったらアンタはオレのことを嫌いになるとでも?
「ええ、ケツがキレイじゃないアンタなんて要りません!」
「―――っ!?」
その後は売り言葉に買い言葉の応酬が続き、最後には。

「イルカ先生のケツおバカ―――――!」

という捨て台詞と共に、オレはパンツ一丁で彼の家を飛び出したのだった。




それから一週間、オレは彼を避けるように過ごした。
どうしても会ってしまう受付所なんかでは全く口を利かず、そこに彼などいないかのように振る舞った・・・つもりだが、それでも場の空気がトゲトゲと険悪なものになるのはどうしようもなかった。
だって、オレは怒っていたのだ。
どちらかというと彼には甘いオレだけど、流石にあの発言はないと思う。オレという人間のアイデンティティを完全に覆してくれたワケだし。だから今回は、向こうが謝ってくるまでは絶対に許さない。
・・・そう思っていたのに。
時を経るにつれ、オレの持病であるイルカ欠乏症の症状が深刻さを増してきて、事情は変わった。
何をしても手につかず、彼が今何をしているかなんてことばかりを考える自分に気付いた時、これはダメだと悟ったのだ。もう既に気持ちの上で負けているのでは、勝負も目に見えている。どんなに酷い扱いを受けても、悔しいかな、オレは盲目的に彼が好きで、どうしても憎んだり嫌ったりは出来ないらしい。
彼に対しての怒りは完全に消えたワケではないけれど、でも尻如きであんなに目くじらを立てたオレも大人げなかったなぁとも思う。取り敢えず、尻が好きというのも好きの一部には間違いないんだし。
しかしながらどうにか彼ともう一度話をしようと思ってこっそり後を付けたら、知り合いのヒゲクマがちゃっかり彼を誘い出している現場に遭遇した。しかもそれに、彼は二つ返事で了解なんてしちゃってたんだ。
オイ、なぁに亭主の居ぬ間に他人のモンを口説こうとしてんだよ、エログマめっ!
そういえば先刻、待機所でヤツが「喧嘩したんだって?」と訊いてきたのはこの為の布石だったのか!?酒を交えて彼の警戒心を解いて、「あんなヤツのことなんて忘れてオレのになれよ」とか迫るつもりか、お前!!
絶対許さないからな・・・そんなに上手くいくと思うなよ・・・?
腹の底に生まれた、如何ともし難い怒りを抱いたまま、オレは彼の後を付けた。
そして彼がヒゲクマと待ち合わせていた居酒屋で、オレは二人が座った角席の、衝立で隔てられたすぐ真横の席を陣取った。もしヒゲクマがおかしなことを言い始めたら、すぐに出て行って瞬殺出来るように、だ。その為の準備もバッチリ出来ている。何が起こっても対処出来るように、高ランクの任務ばりの装備でこの場に臨んでいるからな。
そうして全神経を耳に集中させて、隣の会話を盗み聞く。最初こそたわいもない話題で盛り上がっていたんだけど、いつしかこの間の喧嘩の話になっていた。けれどヒゲクマに事情を話す彼からは、自分を正当化しようとする意志しか感じられない。それにオレは段々腹が立ってきていた。

―――・・ちょっと、さっきから聞いてれば、アンタはナニオレ一人を悪者にしようとしてんの!?

ついに我慢しきれなくなったオレは、衝立から飛び出していた。
その後は当然のことながら再び言い合いになったんだけど、そこで言いたいことを言ったら、憑きものが落ちたみたいに妙にスッキリしてしまった。彼も同じなのか、暫くすると二人の間に自然と沈黙が落ちた。すると、その場に熊の置物のように黙りこくって座っていたヒゲクマからどこか疲れた声を掛けられる。
「・・・お前ら、そろそろ帰れよ。支払いはオレがしとくから」
そうしてそのまま追い払われるように、オレと彼は居酒屋を後にした。
外は、穏やかな月夜だった。煌びやかな店の立ち並ぶ一角を出て、一歩建物も街灯も少ない寂しい場所に出れば、月から降る白っぽい光が道全体を包み込み、そこを明るく浮かび上がらせている。
そんな中で、二人とも申し合わせたように彼のアパートに向かって歩みを進めた。
昼間の暑さが嘘のように、ひんやりと涼しい風が隣り合うオレ達の間を行き過ぎる。それでもオレ達は無言で、ただ道を歩く。
部屋に着くと、彼は黙ったまま鍵を開け、オレを中へと上げてくれた。
そのまま二人して、居間の卓袱台を間に挟んで座ること暫し。
「・・・カカシ先生、すいませんでした」
しん、と静まり返った空間の、気拙い沈黙を打ち破ったのは、誰あろう彼だった。それにオレはすっかり虚を衝かれた気分になっていた。だって、彼の方から謝って貰えるなんてちっとも思ってなかったんだ。どんなに理不尽なことがあっても、折れるのはいつもオレの方だったし。
信じられない心持ちでいるオレの前で、その後も彼はとつとつと言葉を紡ぐ。
「アレは、流石に言い過ぎたって思ってます。でもアンタも悪いんですよ、湿疹なんて大したことない、なんて。もしそれが悪性のもので、身体に悪かったりしたらどうするつもりなんです?アンタに何かあったら、オレ・・オレ・・・っ!」
そう言って僅かに伏せられた彼の瞳は、少し潤んでいるようにも見えた。
しかしながら、たったそれだけのことで不覚にもオレの胸はきゅんきゅんなりっぱなしだった。
話がかなり飛躍しているというか、取って付けたような理由っぽい気がしないでもないが、取り敢えずオレのことを心配してくれているのは間違いない(と信じたい)と思って。
ああ、オレってなんて器の小さい男なんだろう。彼にこんな顔をさせるなんて。
「心配させてゴメン。アンタがそこまでオレのことを考えてくれているなんて思ってもみなかったから」
卓袱台に置かれた彼の手をぎゅっと握って真摯に告げれば、彼はハッとしたようにオレを見た。
「・・・じゃあ、病院に行ってくれますか?」
「勿論!それくらいお安い御用です!!」
胸を叩いて力一杯答えれば、目の前の彼の顔が見る見る内に輝いた。
「カカシ先生ッ!」
なんて卓袱台を押し退けてまで抱きついてこられた時には、そのまま押し倒して美味しく頂いてしまおうかと思ったほどだったんだけど。
「あ、でもケツ治るまで、裸でのお付き合いは一切しませんから」
企みが見透かされたのか、そう先手を打たれてしまっては指一本出せない。
その晩、オレは安らかに眠る彼の隣で、悶々と一夜を過ごす羽目になったのだった。




そして次の日、仕事が休みだという彼に連れられて二人で病院に行った。
そこで脂ぎったオヤジ(医者)や、盛りを大幅に過ぎたオバサン(看護師)に尻をまじまじと見られ、あまりの屈辱にそれこそ恥死しそうだった。けれどそれでも彼の為に診察という名の羞恥プレイを耐え切る。
そこで出た結果はといえば、やはりというか当たり前というか、湿疹は悪性でもなんでもない単なる湿疹ということで、帰りがけにチューブタイプの軟膏薬を処方して貰っただけだった。
ただ問題なのは、コレを治るまで毎日尻に塗らないといけないらしい。
オレ、こういうの面倒臭くなるタイプなんだよね。根気が続かないっていうかさ。
実際痛みも痒みも無いし、三日くらいで止めちゃいそうだなぁ。
なんて、帰り道の途中で笑いながら話していたら、並んで歩いていた彼の表情が一気に険しくなった。
「・・・そんなこと、オレが許すとでも思っているんですか?」
地を這うような低い声で、ついでに鬼神の如き表情を浮かべたまま、オレを凝視している。そのあまりの迫力に咄嗟に言葉が出ず、ただ口をパクパクさせていると。
「まあ、もし仮にそうであっても大丈夫です。コレ、アンタが治るまで毎日オレが塗ってあげますから」
そう言った彼は力強く自らの胸を叩いている。それに今度は、オレの眉間に皺が寄る番だった。
「・・・アンタが塗るの?」
「ええ。何か問題でも?」
問題でも?って、そりゃ問題は色々あるでしょう!
いくら恋人同士っていっても、もうどんなトコロも曝け出し合っている仲っていっても、この歳で尻を差し出して薬塗って貰うって恥しくない?平気ってヤツも居るかもしれないけど、オレは嫌だ。
「や、それくらい一人で出来るから大丈夫!オレも頑張って忘れないように薬塗るから、ね?」
必死で言い募るオレに、彼はにっこりと笑って。
「いいから、つべこべ言わずに黙ってオレに薬塗らせりゃいいんですよ」
何か文句あるか的なニュアンスを多分に含んで、威圧感たっぷりに告げてくる彼の前に、碌な口答えも出来ないまま。
オレは重い足を引き摺るように、とぼとぼと道を歩いた。




―――それから毎晩、風呂上りにオレは彼が薬を塗り易いよう四つん這いになって、その目前に尻を差し出すこととなったのだ。
その度に、これは一体何のプレイだ!と叫びたくなるのだが。
「ケツ治さないと・・・わかってますよね?」
というオレの弱点を的確に突く彼の前に、毎回渋々尻を晒して今に至っている。
しかしこの格好ってさ、後ろから見ると尻以外にも色んなモノが丸見えだよね。うわ、恥しい!
同じ格好を何度も彼にさせてるけど、自分がやると何だかなぁ。間抜けというか、アホっぽいというか。ある意味、物凄く珍妙な光景だよね。だって写輪眼のカカシがよ、こんな無防備に際どい姿を晒してるって有り得なくない?
羞恥心を誤魔化す為に、ブツブツと際限なく独り言を零していると。
「ちょっとカカシ先生、煩いですよ。今から薬、塗りますからね」
そう宣言されて、尻に彼の指が触れる。
それが指に乗せられていた軟膏と共に、円を描くようにしてなめらかに滑り始めると、何だかちょっとヘンな気分になるのも嫌な原因のひとつだった。
ざわざわと肌が粟立つような、不可解な感覚。
ホラ、普段誰かに尻を触られるなんて無いしさ。だから余計に意識しちゃうんだろうけど。
そういや前に、彼と突っ込む突っ込まないで揉めたことがあったよな。その時は突っ込むことは考えてないって言ってたけど、今もそうなんだろうか。
・・・なんて、こんな時に限ってどうでもいいことを思い出したりして。
ブルブルと頭を振ることでそれらを思考の外に追い遣っていると、彼に「どうかしました?」と声を掛けられた。
オレは慌てて「何でもないです」と答える。余計なことを言って彼を煽りたいワケでは決してないのだ。
そんなオレに「ふうん」と気のなさそうな返事を寄越しながらも、彼はいかにも嬉しげな口調で話しかけてくる。
「でも、もうちょっとしたらケツの湿疹全部無くなりそうですよ。良かったですねぇ。やっぱりケツはキレイなのが一番ですもんね」
そこまで聞いていてふと、今更ながらの疑問が湧く。彼はどうしてここまでキレイな尻に拘るんだろうか、と。
大体にして、彼の尻に対する執着は異常ではないだろうか。別にオレの尻がキレイでもそうじゃなくても、彼にはちっとも関係ないハズなんだけど。
まさかやっぱり、突っ込みたいとかそういうことを考えていたりするのかな。まさか、な。いや、でも・・・。
完全には否定しきれない現状に、オレは急激に心拍数が上がるのを感じながら。
「―――・・先生は、どうしてそんなにキレイな尻に拘るんですか?」
声が裏返らないよう気を遣いながら、さり気なさを装って訊ねてみる。すると、彼はどこかしんみりとした様子で口を開いた。
「昔、母が良く言ってたんですよね。『ケツがキレイな人は心もキレイだ』って。だからかな」
・・・これは拙い質問をしたかもしれない。亡くなった両親の話題がタブーだというのは、二人の間では暗黙の了解事項なのだ。
心なしか重くなったような気がする、その場の空気を取り繕うようにオレは努めて明るく振る舞うことにした。
「へーそうなんだ、全然知らなかった!じゃあオレも心がキレイってことだよね、ケツがキレイなんだもんね!!」
しかしながらオレの言葉を聞いていた彼が、いきなりぷっと噴き出した。
「なに言ってるんですか。こんなの冗談ですよ、冗談」
くつくつと喉を震わせて笑う、彼の様子を脳裏に思い描きながら。
「―――・・ですよねぇ」
としか返せなかったオレは、間違っていないハズだ。
なんだよ、ちょっと信じそうになったじゃないか。チクショウ、実は演技派だな!
なんて悔し紛れに思っていると、彼が思い出したように言う。
「あ、でも母は本当にキレイなケツが好きでしたよ。子供の前でも平気で『あの人のケツは良いわぁ』って言う人だったし。そういえば、父を選んだのもケツがキレイだったからって聞いたことがありますねぇ」
あっけらかんと言う彼に、「そうですか」と返す以外、オレに何が出来たというのだろう。
ねえ、彼のお母様。アンタ子供に何を教えてんですか・・・。
しかしこの人、小さい頃から尻に関するエリート教育受けていたのか。そりゃ、尻が好きにもなるだろうなぁ。
「そうですね。形の良いケツを見てると、無性に嬉しくなりますね」
・・・筋金入りか。
「そういえば最初にアンタに会った時も、服の上からでしたけどいいケツしてんなー、って思ったんですよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ。だからお近付きになりたいなぁって」
その言葉にそっと後を振り返ると、照れ臭そうに笑う彼の顔が見えた。
ええと、それはつまりオレが良い尻をしていたから付き合ってもいいって思ったということなのか。オレは普通に、彼の人柄とか笑顔とか、そういうもので好きになったのに。そういや彼と付き合う前、たまに突き刺さるような視線を感じることがあったんだけど、それってもしかして・・・。
段々微妙な心境になるオレを更に追い落とすような事態は、その直後にやってきた。
「だからケツの形が崩れたり、二目と見られない状態になったらオレ、アンタとのことを考え直しちゃうかも?」
そう言って、いやに可愛らしく微笑みながら小首を傾げる彼と目が合う。
・・・多分、いや絶対この人本気だ!?
そう思わせる何かがその笑顔の中には含まれていて、これは早く治さねば!とオレに危機感を抱かせるには十分だった。
「ちょっと先生、もーわっしわっし薬塗っちゃって下さいよ!オレ、早く治りたいんですから!!」
「・・・最初からそれくらい治す気になってくれてたら良かったのに」
呆れたように零しながらも、彼は薬を塗ってくれる。
治す。絶対キレイに治してやる。オレの未来の為にも・・・!
なんて、一人心に誓っている傍で。
「あっ」
どこか焦ったような彼の声が聞こえてきたと同時に、尻の割れ目に沿ってひやりと冷たいものが落ちてくる。
それに思わずビクっと身体を震わせれば、彼は「スイマセン」と謝りながら、それを掬い取るように指を動かし始めた。
その時、軟膏をチューブから出し過ぎたのかな、なんてぼんやり考えていたオレは、彼の指が次に取る動きを予想することは出来なかった。
とは言っても、それは偶然だったんだと思う―――否、そうだと思いたい。彼の指が、いつもなら触れられることなどない、奥まった窪みに触れたなんてことは。
突然のことに、全く身構えていなかったオレは思わず、あ、なんて上擦った声を上げていた。
瞬間、慌てて自分の口を押さえたけれど、時、既に遅し。心なしか微妙な空気が、部屋中に漂う。
でも、仕方ないよな。普段触られない場所だし、それに吃驚したんだもん。
そう、自分で必死に言い訳する一方で。
でもナニあの気持ちの悪い声!あれが彼のなら萌えるけど、オレのじゃ萎えるだけだろ!?
なんて自分を罵倒して、どうにか平静を保とうとしている傍から、またも奥まった部分に彼の指が伸びてくる。しかも、今度はゆっくりと縁をなぞるように動かされるではないか。
おおい、ちょっと待て!?そんなところに湿疹は無いだろ!!!
それ以上触れられないよう咄嗟に身体を反転させれば、その上から彼が圧し掛かってくる。オレの顔の真横に手を付いて、普段見せたこともないような表情でオレを見下ろしているのを眺めながら。
・・・コレ、結構ヤバイ状況なんじゃないでしょうか。息遣いが心なしか荒めだし、目なんて妙にギラついてるし。それは正に獲物を狙う肉食獣のような・・・って、ちょっと待て。でも、オレの尻は狙ってないって。でもでもこの顔、全面に雄の貫禄が出てますけど。
もしかしてオレ、このままヤられるとかアリなんですか?
うわわ、ダメ!出来ませんから!!何でいきなりスイッチ入ったんだよ、この人は?!
激しいパニックに陥るオレだったが、しかしながら次に囁くように告げられたこの言葉を聞き漏らすことはなかった。

「このまま、シても良いですか?」

ええと、先程何と申されました?
シてもって、それはオレが下でこのままアレコレ致しちゃおうってことデスカ?
いやいやいや、無理ですよ無理!アンタ、ナニ考えてんですかっ!?
そこで漸く正気づいたオレは、彼の身体の下で思いっきり暴れた。だってオレ、今迄そんな経験ないし、これからだって経験するつもりもないし。オレにだって矜持とか色々あるんだから、いくら彼のお願いでもそう簡単には聞けないぞ!
なんて思ったのも束の間。
「させてくれたら、後で何でもしますから!」
その言葉に、オレはピタリと動きを止めた。
・・・何でも?さっき何でもって言った?
何でもってことは、今まで嫌がって絶対シてくれなかった○○○や△△△△に、×××××も?
一応確認すれば、露骨な言葉に大きく顔を顰めながらも、彼は「ええ」としっかりと頷く。
―――・・ああ、何て苦しい選択なんだ!自分の貞操か、それとも後で訪れる濃厚で甘美な時間か。
オレの中で、矜持と欲望が大きく鬩ぎ合っているのがわかる。
非常に悩む。悩む所だが・・・結局オレは素直に貞操を差し出すことに決めた。
だって○○○に△△△△、あまつさえ×××××だよ!?
彼の性格からしたらこんな機会でもなきゃ一生無理だろうし、壮大な男の浪漫が叶うっていうこんな魅力的な条件に抗えるワケがないじゃないか。
よし、サヨウナラ、オレの純ケツ!
そして、コンニチワ、完全無ケツのステキタイム!
頑張ろう、頑張ろうじゃないか、オレ!!
・・・自分でも単純だなぁと思うけれど仕方ない。だって○○○に△△(以下省略)。
取り敢えず、素晴らしく明るい未来の為に、貞操のひとつやふたつ軽いモンだと目を瞑ることにして、オレは身体から力を抜いた。





(※ 後編はがっつりリバ描写有)


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