誘う瞳

前篇




「はじめましてカカシ様。これからお世話になりますうみのイルカと申します」


そう告げた男は、布張りの長椅子に腰かけるカカシの目前で腰を折り、美しい所作で以て頭を垂れる。
耳触りの良い、やわらかで落ち着いた声音。
低い位置で束ねられた長い黒髪と同色のスーツに身を包む相手からは、どこか洗練された印象を受ける。ただ、年の頃はカカシとさして変わらない様子であった。
「・・・よろしく」
品定めするように上から下まで不躾に眺めて、カカシは素っ気なく答える。するとカカシを映す男の、射干玉の闇を思わせる瞳がそっと細まった。
今や慎ましやかな微笑みさえ浮かぶ相手の顔に、しかしカカシは言いようのない違和感を覚えていた。







「ねえエビス、あんなので大丈夫なワケ?」
執務机に広げられた様々な帳簿へと目を落としていたエビスは、掛けられた声に顔を上げる。
声のした真向かいには、不機嫌さを露わにして整った顔立ちを歪めるカカシが立っていた。常より見慣れた表情にやれやれと思いながら、エビスは少し下がった色付きの眼鏡を人差し指で神経質そうに持ち上げる。
それでも感情を滲ませないよう、殊更ゆっくりと口を開く。
「・・・あんなのとは新しい執事のことですかな、カカシ様」
「そう。見たところオレと歳も変わらないみたいだし、あんな頼りなさそうな奴でやれるの?」
「その辺りは大丈夫でしょう。優秀な男と聞いておりますから」
他人事のように言ったのが気に食わなかったのか、カカシは元々の顰め面しい顔の上から更に眉間へ皺を寄せてみせた。間髪置かず、癇癪を起した子供のように苛立ちを滲ませた声で捲し立ててくる。
「優秀といったって、実際どうかわからないじゃない。他所ではどうか知らないけど、ここで上手くやっていけるかどうかは別問題じゃないの?」
カカシの言い分にも尤もなところがある。
大国として称される火の国。
その国内において、カカシの生家であるはたけ家は所有する広大な土地を他者に貸し付けることで財を成していた。火の国の興った頃より現在まではたけ家は国有数の資産家であり、貴族や実業家でさえも一目置くほどの存在であった。
しかしながらそれだけの財を成しても、先々代の当主であったカカシの祖父は質素で実直な暮らしこそを好む傾向があった。祖父の代に建てられたという現在の屋敷は、必要最低限の部屋数とシンプルで飾り気のない調度品が置かれているばかりである。
他の富裕層から見れば随分と奇異に映るらしい屋敷の佇まいにも、カカシは特別不満に思うことはなかった。
広くも華美でもないが、屋敷の中は使用人の手によって常に清潔に保たれ埃ひとつ落ちてはいない。床やテーブル、階段やその手すりに至るまでどこも丁寧に磨きあげられており、年月を経た木材の持つやわらかな艶を帯びている。その中に収まる調度品もまるで誂えたように空間にしっくりと馴染む。カカシにとって屋敷は何より居心地が良く、落ち着ける場所でもあったのだ。
そしてはたけ家にはもうひとつ、他の富裕層の家庭とは違うところがある。
はたけ家ほどの家柄であれば、屋敷に雇う家令や執事、女中、料理人等上級と呼ばれる立場の使用人の下には必ず下働きの従者がつく。上位の者は下位の人間を統率しながら、屋敷の仕事をこなしていくのが通例であった。
けれど、現在のはたけ家に下働きの使用人は存在しない。
それも亡くなった祖父の意向によるものだった。
元来対人恐怖症の気があったという祖父は、信頼のおける人間のみ傍に置くことを望んだ。身辺に徒に人を増やすことを好まなかったが故に、仕使用人の数も自然と限られてきたのである。
その為、使用人達は少ない人手で過不足なく日々の仕事をこなす必要から互いに協力することを惜しまなかった。だからこそ、はたけ家の使用人は主人とより密接に、また使用人同士も深い絆と信頼とで結ばれている部分がある。
それは先代である父が亡くなり、当主を引き継いだカカシの代になっても変わらない。祖父の代から引き続いて仕えている者もあれば、使用人同士の婚姻で為された子供に代替わりしている場合もある。
父も母も既に亡くしているカカシにとって、一番身近で何是と世話を焼いてくれる使用人は家族同然の存在だった。その中に、異邦人―――あくまでカカシにとって、であるが―――を入れることが気に食わなかったのだ。
勿論、使用人達にとってもカカシは自らの子供、もしくは兄弟のような思いがあった。今、カカシの目前に座るエビスも同様の心境である。
カカシの父より才を見出され、家令としてはたけ家の土地や財産の管理一切を請け負っているエビスにとって、カカシは手の掛る弟という認識だった。そんな弟分が、先頃病気療養の為に屋敷を離れた老執事に幼い頃から懐いていたのも知っている。その代わりになり得る人物ということで慎重に人選を重ね、結果的にカカシよりもひとつ年下のイルカを選んだ。
新しい執事と対面した時の、面食らったような主人の顔は未だエビスの記憶にも新しい。
「その辺りはわたくしが様々な事象から判断して最良と思える人物を選びだしております故、問題はありません」
「でもさあ!」
「なんです、わたくしのすることに間違いがあるとでも?」
眼鏡の奥から向けられる鋭い眼光を前に、カカシは思わず口籠る。
昔から、何故かエビスにだけは頭が上がらないのだ。
父が年の近い二人に分け隔てなく接した為かもしれないし、何をさせても手落ちなく優秀にこなす相手が単に苦手、という所為もあるかもしれない。何より、エビスを怒らせると後が怖いのは身にしみてわかっている。
それでも不貞腐れた様子を隠さずにいるカカシに、執務机の向こうから小さな溜息が漏れる。
「・・・まあ、屋敷に馴染まないようなら別の者を探すことも出来ますし、暫くは様子を見ようじゃありませんか」
他者からは冷徹な遣り手と目されるエビスも、結局カカシには随分と甘い。エビスの出した折衷案に、カカシはしぶしぶ頷くしかなかった。
そうしてイルカは執事として屋敷に迎え入れられたのだった。
但し、執事としては未だ歳若い相手に以前からの使用人達は戸惑う態をみせた。執事の仕事は主人の世話だけにとどまらず、屋敷に雇われた使用人全体の管理も含まれる。はたけ家の使用人はイルカより年嵩の者も多く、それが余計に違和を生んだのかもしれない。
最初の内、どこかぎこちない様子で距離を置くように接していた者達もしかし数日経てばすっかり新しい執事と打ち解けていた。
イルカは常に穏やかな笑みを崩さず、控えめな態度ながらも過不足なく自らの職務をこなすのだ。
基本的に執事ならばやらないであろう主人の衣類へのブラシ掛けや靴磨きに始まり、食事の際のテーブルでの給仕等、多岐に渡る雑務も一切そつがない。それだけでなく他の使用人から頼まれれば快く手を貸し、少しも押しつけがましいところがないのだという。
気難し屋、と使用人達の間で呼ばれている料理人とも上手くやっていると聞き、カカシも驚かされたものだった。
腕の良い老齢の料理人はその気難しさ故に、使用人の中でも限られた者としか口を利かない。新参者の若造など最も相手にしない人種の筈なのだが、イルカとは仕事の合間に雑談に興じることもあるらしい。
天性ともいえる人当たりの良さと相俟って、イルカは短期の内に屋敷に馴染んでいた。使用人達の口から聞くまでもなく、間近でイルカの様子を目にしているカカシもその働きぶりを認めざるを得なかった。
ただ、それでもカカシは使用人達のようにイルカに完全に心を許すことが出来ないでいた。時折、穏やかで控えめな微笑みの中に底知れぬ何かを感じ取ることがあったのだ。
何かは、特別意識もしない時に現れる。
不意に目が合い微笑まれた瞬間。肌がぞわりと粟立つような、胸の奥が不快に波立つような、奇妙な感覚を覚えたのは一度や二度ではきかない。
カカシは昔から勘の鋭いところがあり、それら第六感的なものが外れたことは未だ嘗てない。けれども底知れぬものの正体までは掴みあぐねていた。探ろうと試みても、イルカの微笑みと共に柔和でありながら狡猾さをも備えた話術によって核心まで触れられないでいる。まるで鉄壁の要塞のように付け入る隙をみせないのだ。
カカシが焦る間にも、相手は着実に自らの立場を不動のものとしていった。
三月も経てば、最早イルカは立派なはたけ家の執事だった。




ある日、カカシは新たに土地を貸し出す相手の元へエビスと共に出向くこととなった。
カカシの為にイルカによって用意されたのは、ダークブラウンのスーツ。
上着と同じ仕立てのベストを内に合わせる仕様ながらも、身体のラインに沿うようあくまで細身に作られている。上品な色味にスーツの美しいシルエットが相俟って、カカシが纏えばより洗練された印象を他者に与える。その辺りの見せ方のことも、イルカはカカシ以上によくわかっているのだった。
ワイシャツにサスペンダーで吊り上げたスラックスを身に着けるカカシに、ネクタイを合わせるのもイルカの仕事だ。
普段からスーツを着慣れていない所為もあり、カカシはスーツに合わせてネクタイを選ぶのはおろか、上手く結ぶことすら出来ないのだ。
ネクタイを挟み、睫毛の一本一本をはっきりと見て取れるほど間近にイルカの顔がある。
僅かに伏せられた睫毛は案外長く、その下に隠れる瞳は深い夜の色を湛えている。静かに結ばれた唇はぽってりと厚く、どこか肉感的にも見える。
そこまで考えて、カカシは己の思考を慌てて打ち消す。
女ならともかく、相手はれっきとした男なのだ。
カカシがおかしな思考に引き摺られたのは、相手から漂う香りの所為もあるかもしれない。イルカは常より仄かに甘い香を纏っている。間近に迫れば漸くわかる程度の、女達が好んで使う香水のきつい匂いとは根本的に異なるものだ。
「多分、香の匂いでしょう。香を焚くのがわたしの唯一の趣味のようなものでして。いつも部屋で焚きますから、髪や服にも匂いが付いたのかもしれません」
確かにその香りはいつも控えめで慎ましやかなイルカと同様、押しつけがましく己を主張することはない。
けれどこうして傍で嗅げば、香がただ甘いだけのものでないとわかる。
甘さの中に紛れる、動物的で野性味のある匂い。それが猥雑に絡み合い、ひとつの香として成り立っている。はっきりと掴みどころのない様子は、イルカという人間の有り様に近いかもしれない。
そんなことを取り留めなく考えているところで、ネクタイを結び終えたイルカと目が合った。
黒く濡れたような艶を帯びる瞳に自らの顔が映るのをぼんやり眺めていると、不意に瞳が蠱惑的に細められた。同時に肉感的な唇をも緩めながら、伸ばした指でカカシの前髪に触れ、ゆっくり後方へ滑らせていく。刹那、ぞくりと背筋を走るものに息を詰めたカカシに向かってイルカは告げる。
「髪を、後ろに撫でつけておいた方が良いかもしれません。そちらの方がこの格好には似合うでしょう」
カカシの目前にはいつもの微笑みを浮かべるイルカの顔があった。
しかし最早、先程の色を感じさせる要素は微塵も見受けられない。
「アンタは・・・」
呆然と呟いたカカシの声は、上から被さってきた車のクラクションによって掻き消される。
そこでふと、正午に車で出立するとエビスから言われていたのを思い出した。部屋にある置き時計を見遣れば、針は既に十分も過ぎたところを示している。時間に煩いエビスのことだ、車の中で御冠に違いない。これ以上待たせるのは得策でないだろう。
「さあ、カカシ様」
イルカにも促され、カカシはベストと上着を身に纏いしぶしぶ部屋を出た。
後ろに付き従う相手の存在を背に感じつつ、玄関へと向かう。
玄関先で「いってらっしゃいませ」と頭を下げるイルカを一瞥した後、カカシは無言でエンジンの掛る車へと急いだ。




無事顔合わせを済ませ、大まかな契約の内容を相手と取り交わしてからエビスと共に帰途へつく。
その途中、カカシは車をある場所につけるよう頼んでいた。
目的地で車を降り、迎えは要らないと告げた途端、エビスは神経質そうに人差し指で眼鏡を持ち上げて釘を刺す。
「あまり遅くなられませんように」
「・・・はいはい、わかってるって」
カカシは肩を竦め、なおざりに返事をしてみせる。
どうもエビスはいつまでもカカシを子供扱いしていけない。幼い頃ならいざ知らず、この歳になれば戒言も鬱陶しいばかりだ。
カカシの返答に些か眉を顰めながらもエビスは車を発進させる。車の影が見えなくなるまで待った後、漸くカカシは目的の建物へと足を向けた。
瀟洒な造りの服飾店や宝飾店、洒落れたレストラン等、上流階級者向けの店が立ち並ぶ表通りから少し入ると、街の喧噪は嘘のように消える。
但し、バーやパブ、ナイトクラブといった如何わしい風俗店が軒を連ねる界隈も日中はそのなりを潜めている。どこか寂れた風情さえ漂わせる裏通りの一角にある、古い雑居ビル。昼間であっても薄暗い建物の中に、カカシは慣れた様子で入っていく。
入口を入ってすぐ目前にある年代物のエレベーターに乗り込むと、最上階である五階のボタンを押す。
ぎしぎしと鈍く、まるで悲鳴を上げるように軋みながら昇っていく箱が、どうにか止まりも落ちもせずに目的の階まで運んでくれたことに安堵しながらフロアに降り立つ。エレベーターから見て一番手前にある、建物と同様に古びた扉へと近付いたカカシはノックもせずにそこを開けた。
扉の向こうは、事務所のようなつくりになっている。
いくつか置かれた机と、その上に雑多に積まれたファイルや書類。床にも箱に入った紙類や本がところ狭しと置かれ、雑然とした印象を受ける。備え付けられた窓から入る光の中では静かに埃が舞っている。
そんな室内で唯一片付いているのは、机の奥に置かれた古びた応接セットの周りのみ。随分と草臥れた印象の革張りのソファーに腰掛け、のんびりと新聞を広げている髭面の男にカカシは近付き、声を掛けた。
「お邪魔さま」
「おう、来やがったか坊っちゃん」
新聞から顔を上げず、男は咥え煙草のままカカシに告げる。
男の周りだけ白くけぶって見えるのは、テーブルの空きスペースに置かれた灰皿に盛られた吸い殻の所為だろうことは想像に易い。少し触れただけでも崩れそうな山に、男は今しがた口に咥えていた煙草を器用に押しつけ、また新しい一本に火を点けている。
恰幅の良い身体に一応スラックスと辛うじてベストを纏ってはいるが、その下のワイシャツにネクタイは結ばれておらず、胸の辺りまで釦が外されている。肘の辺りまで捲くられた袖と相俟ってだらしない格好の見本ともいえるが、この男がすると妙に似合う。寧ろ、きちんと上着を着てネクタイを締めているカカシの方がここでは場違いのようにすら思えてくるのだった。
「相変わらず暇そうだね」
「馬鹿言え。こう見えても、オレは案外忙しい身の上だぜ」
煙草を咥えたまま、相手は唇の片側を持ち上げてみせる。
実際、アスマという男が普段何をしているのか、カカシは殆ど知らない。
初めて出会った時から現在に至るまで謎の多い人物でもあった。この事務所自体地域情報誌の編集基地だと聞いているが、いつ来てもアスマ以外の人間に出会ったことがなかった。
しかしアスマは驚くほど様々な情報に精通している。表には出てこない、街の裏で起こる血生臭い出来事やその内情にも詳しい。裏の世界に人脈があるらしい、と言っていたのはエビスだったか。
最初にエビスからアスマを紹介されたのは、亡くなった父の跡を継ぐことが決まり、今後の為に挨拶回りをしていた時だった。エビスは長い間、アスマから買った情報を基にして土地の貸し付けや細々とした対応を決めているのだという。但し現在では、カカシはエビスを連れることなく一人で事務所を訪れている。
アスマは不思議な魅力を持つ男だった。
人をくったような話し方を常としているのに、それが不快に聞こえることはまずない。普段、冗談でも坊ちゃん、などと呼ばれれば憤慨するカカシも、こと相手がアスマとなれば許容出来るのだ。
そんなカカシをアスマは厭うでもなく受け入れる。ここもまた、カカシにとって居心地の良い場所のひとつにとなっていた。
「そういやお前知ってるか、ミズキの話」
「ミズキ?なにアイツまたどこかの令嬢にでも手を出したの」
唐突に振られた話に、テーブルを挟んで向かいのソファーに腰を下ろしたカカシは驚くでもなく乗る。
ミズキは火の国に住む貴族の息子の名である。カカシも面識はあるが、貴族という身分の所為か兎角プライドが高く自意識も強い。また女癖が悪く様々な浮名を流しているのでも有名だった。それ故に話題には事欠かず、アスマとカカシの間では高い頻度で話に登場する人物ともなっていた。
「馬鹿、それならまだ可愛いもんだ。アイツ、今回は自分の屋敷に勤めてた執事に手ぇ出したらしいぜ」
「しつじィ!?執事ってことは男でしょ!アイツ、そんな趣味があった訳?」
「さあな。でもミズキの方が夢中になって追いかけ回してたって話だぜ。それが親の耳に入ってかなり揉めたらしい。こんなことが周りにバレたら、御家の面目丸潰れだったろうからな。それで結局、ミズキは遠くに住んでる従兄の屋敷に一旦遣られて、執事は解雇。二度とミズキの前に現れないと誓約書まで書かされたんだと」
さも面白い、と言わんばかりの顔でアスマは煙草を吹かしながら続ける。
「しっかしそこまでミズキが嵌った男ってのはどんなだろうな。相当見目麗しかったか、アレの具合が良かったか。ま、オレは野郎のケツの世話になるなんざ、一生御免だがな」
そう言ってくつくつと喉の奥を震わせるようにして笑っていたアスマは、目前のカカシが神妙な顔をしているのに気付いた。いつもならとっくにカカシも話に乗り、嘲笑混じりに身も蓋もないことを言い合うというのに。
「・・・どうしたよ、坊っちゃん」
「ねえ、その執事の名前ってわかる?辞めた時期とかも」
「いや、そこまでは。ただ、ミズキが屋敷を移ったのはここ数カ月の話らしいから、辞めたのもその辺りじゃねぇのか」
「そう」
それだけ言って、カカシは再び黙り込む。
何かを考える風のカカシに、アスマは訝るように眉を顰める。
「なんだよお前、そいつが気になるのか?」
「いや、ちょっと・・・」
言葉を濁しながらも、カカシには思うところがあった。
イルカが屋敷に来て数カ月。
以前のことはカカシも知らないが、偶然にしても出来過ぎた話だ。
もしもイルカが、その辞めさせられた執事だったとしたら。
事実を確かめたい、とカカシは思った。そもそもカカシにはイルカに対する強い興味がある。あの微笑みの下に隠れるものを表に引きずり出せないかと、顔合わせの間中話を進めるエビスの隣でずっと考えていたのだ。
事務所にわざわざ立ち寄ったのもアスマに助言を求める為だったが、耳にした話だけで得るものは十分にあった。
カカシがこの話題を口にした時、イルカはどのような反応をみせるだろう。
そう考えると、居ても立ってもいられないような心持ちになってくる。
たとえイルカが該当の人物でなかったとしても、問い質してみる価値はありそうだった。
「ちょっと用事を思い出したから、オレ帰るね」
「なんだよ急に」
「アンタと一緒で、オレも案外忙しい身の上なの」
「ケッ、言ってろ」
どこかつまらなそうに言って、アスマが煙草を吹かしている。
席を立ったカカシは扉を出る前にもう一度アスマを振り返り、「また来るね」と声を掛けた。すると再び新聞に目を落としていたアスマはさっさと行けと言わんばかりに、犬でも追い払うような手つきを見せる。
しかし決して邪険な様子ではないそれに安堵し、カカシは事務所を後にした。







-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system