26.こどもでも

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【SOLEIL 2】




『先生』は不思議な人だった。





「木ノ葉の黄色い閃光」なんて大そうな名で呼ばれながら、普段はその片鱗も覗かせることはなかった。いつもへらりと緊張感の無い笑みを浮かべて、くだらないことばかりを口にしていたように思う。
酒、煙草、博打、その上女遊びも加われば、子供であるオレの目から見ても、碌でもない大人の見本と言いたくなるその姿。
実際オレも何度か盛場に連れて行かれたことがあるが、『先生』はいつも沢山の女に囲まれて金の遣い方も随分豪快だったように記憶している。
それに誰かが苦言を呈しても、本人は全くの無関心だった。
「いいんじゃない。言いたいヤツには言わせておけば」
なんて言いながら、いつもの如くへらりと笑っていたものだ。
掴みどころのない人だったが、それでも何故か人望はあった。『先生』の行くところには、常に人が集まった。それも老若男女、また忍、一般人問わずなのだ。それらの人々を引き連れて歩く様は、まるで何かのパレードのようだった。
そんな人が、ひとつだけいやに真面目な顔でオレに説いたことがある。



「確かに感情は時として人を弱くさせる。でも、感情を全て削ぎ落とした人間は、もっと弱い。何も抱えるもののない力ほど、弱いものはないんだよ」



しかしこれを聞いた時、オレは『先生』の言葉が意味するところをちっとも理解出来ないでいた。今迄、感情などない方が強くなれるとばかり思っていたのだ。それに抱えるもの、というのもよくわからない。一体何を抱えれば強くなれるというのだろうか。
そんなオレの様子に気付いたらしい『先生』は、ふと表情を緩めてみせた。
「・・・ま、簡単に言えば、大事で守りたいもの、ってトコかな。そういうものを沢山持ってる人ほど強いってことさ。キミにはそういうの、ある?」
訊ねられても、答えられなかった。
大体そんなものは未だかつて持ち合わせたことがなかったし、それに守りたいものを持つことは、自分の弱みにしかならないと思っていたから。
「あっそう。ないんなら、見付かるまではオレね。キミが「死にそうだ〜」と思ったら、真っ先にオレの顔を思い浮かべるといいよ」
あっけらかんと言う『先生』に、オレは思わず眉を顰めていた。
・・・つか、何で死に際にアンタの顔なんか思い浮かべなきゃならないんだ。
「うわ、何そのイヤそうな顔!キミに守りたい大事な人が出来るまでって言ってるじゃない。それにオレ、キミが死んだら泣いちゃうよ。もー、里の大通りのど真ん中で、キミの名前を絶叫しながら号泣するから」
なんて、ご丁寧に泣き真似までしてみせる。それを目にした時は本気で、何考えてんだこの人?と思ったんだけど。
――― でも実際、任務で戦場を駆け回っている時、死にそうな目に遭って浮かぶのは『先生』の顔だった。


今、オレが死んだらあの人、本当にやりそうだよな・・・ああ、こんなところでオチオチ死んでらんない。


と思ったのも事実。
そして里に帰り着いたオレを一番に出迎えてくれるのも『先生』だった。そんなオレと『先生』の間では、毎回とある勝負が繰り広げられていた。
まず『先生』がオレの全身を値踏みするように頭の先から爪先までを万遍なく見回す。無傷ならばオレの勝ち。但し、もしそこで僅かの怪我でも発見されようものなら。
「こ〜んな怪我をするなんて、キミもまっだまっだツメが甘いねぇ」
なんて鼻でせせら笑いながら、まるで鬼の首を取ったかの如く好き勝手なことを言われるのだ。それが悔しくて、ムキになって言い訳することもしょっちゅうだった。
それでも最後にはいつも「おかえり」と言って、子供にするみたいにポン、とオレの頭に手を置いた。それを嫌がるフリをしながらも、心のどこかでは安堵する自分も居た。そうされて漸く、里に帰ってきたのだと実感出来たから。
それから少しずつ、オレは変わっていった。
『先生』に馬鹿にされまいと、任務中なるべく怪我をしないよう立ち回るようになった。これは考えながら動けば然程難しくはなかったので、その内怪我を負う回数が格段に減った。
そうなると今度は、里に帰るのが待ち遠しいと思う心が湧いてきた。『先生』が素直に褒めてくれることは滅多に無かったが、それでも怪我なく帰還すると、どことなく嬉しそうに見えたのだ。
そして自分が怪我を負わなくなると、今度は周囲の人間の状況が気になり出した。オレが怪我をしなくても、同じ任務に就いてるヤツらが怪我をすればまた何か言われるかもしれない。
そんな子供染みた考えで、共に任務に就く者達になるべく怪我が及ばないよう考えて動くようになった。
すると何故か次第にオレの周りには人が集まるようになっていった。
オレを遠巻きに見ていた者達が、オレに近付き、声を掛け、微笑みかける。勿論、最初はそんな周囲の反応に戸惑ったけれど、それを悪くないと思うまでに時間は掛からなかった。
仲間の思いに触れ、オレもより相手のことを深く考えるようになった。
半死半生の仲間を背負って里まで戻ることもあったし、周囲をぐるりと敵に囲まれた仲間を救う為に独り敵陣に斬り込んだこともあった。
反対にチャクラ切れを起こしたオレを背に庇いながら戦ってくれた仲間もいた。それがどれだけ頼もしく、また嬉しかったか。
そう告げた時、『先生』はいつもの如くへらりと笑ってみせて。
「ふうん、漸くお子ちゃまにもわかってきたみたいだねぇ」
なんて揶うように言いながら、オレの頭をくしゃくしゃに撫で回して喜んでいたくせに。






―――― なのに、あなたは。







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