君と 僕と もどかしい距離




残七日

「ただいま」

真っ暗闇の玄関先でそう告げてみるも、答えてくれる相手は勿論居ません。
声は、しんと静まり返った空間に吸い込まれていくだけです。
わたくしは黙って靴を脱ぐと部屋に上がります。そのまま、自室ではなくまっすぐリビングへと足を向け、暗い室内に明かりを灯しました。
蛍光灯の白っぽい光に満たされたリビングは何故かいつもより広く感じられます。その所為か、寒さとよそよそしさとが一気に増したようでした。
どこか居心地の悪いものを覚えながら、わたくしは肩に斜め掛けしていたショルダーバッグをラグの敷かれた床に下ろしました。着ていたジャケットを脱ぐのも面倒に感じて、着たまま身体を二人掛けのソファの左側へと沈めます。ここがいつものわたくしの定位置。ひとりの時でも右側を開けて座るのがいつの間にか習慣になっているのです。
ソファに落ち着くと、今度はテーブルの上に置きっぱなしになっていたリモコンで暖房のスイッチを入れます。ひえびえとした室内の空気が暖まるまでには今暫くの時間が掛ることでしょう。
ソファの背に凭れ、部屋が暖まるのを待ちながらわたくしは空いた右隣に目を遣っていました。ソファの右側はいつもならガチャピンが座るのです。
ガチャピンは忙しい人なので、こうしてひとりきりになることは過去に何度もありました。けれど、帰ってきても真っ暗な部屋ですとか、人の気配のない恐ろしいほど静かな空間にひとり、というのはどれだけ経っても慣れることはないのです。
いつもならここにガチャピンが居て、程良く暖められた室内でふたり一緒なのに。
そんなことを考え始めると、途端に何もやる気が起こらなくなって、ついリビングのソファに座り込んでしまうのです。
仕事に行って沢山の人に囲まれている間は平気なのに、部屋でひとりになると決まってこうなってしまう。
かといって、どこかに出掛けて遊ぶ、という気分でもない。
ひとりでは、どこに行っても何をしても楽しくないのです。
結局はどこでもガチャピンのことを考えてしまうのですから。
時々、自分はこんなにも依存心が強かったかしらんと驚いてしまうほど。
それでも自然とそのようになってしまうのですから、困ったものです。
少しずつ暖まっていく室内で相変わらずぼんやりソファに座っていると、どこからかくぐもった音が聞こえてきました。どうやら置きっぱなしのバッグの中からしているようです。一瞬何の音かと訝りましたが、そういえば携帯をマナーモードにしていたのだった、というのを思い出しました。
わたくしはソファから立ち上がると、少し離れた位置にあるバッグへと近寄ります。その前に屈み込んで、中から取り出した携帯にはメールの着信がありました。
メールはガチャピンからでした。

『やあムック元気?』

いつもの文句から始まった後には、こう続いていました。

『こっちでは雪が降っているよ。実は今、僕の膝の下くらいまで雪があるんだ。すごいでしょ!こんなに沢山の雪ってあんまり見ることがないからちょっとビックリしてる。雪ダルマやかまくらが作り放題かもね。でもかなり寒いんだ。風邪をひかないように気を付けなきゃ、って思ってるよ。そっちはどう?多分、雪は降っていないと思うけど。』

メールに添付された一面の雪景色を見つめながら、ああ遠くに居るのだなと改めて思い知らされるようでした。こうして携帯はわたくしの手の中にあってすぐ近くで繋がっているようなのに、実際はとても遠いのです。
それに溜息を吐きそうになるのを堪えながら、わたくしは返信メールを打ちます。

『こちらは一日良いお天気でしたよ。雪も、雨さえも降る気配がないくらいです。そちらはとても寒そうですね。どうぞ、暖かくして下さいませ。』

そこまで打ってから、少し考えて。

『明日も、お仕事頑張って下さいね。』

お決まりの言葉を打ちこんで、送信。
メールを打ち終わる頃には、室内が程良く暖まっていました。
この状態でジャケットを着たままというのも何やら間が抜けているよう。
なので、わたくしはバッグと共に、ジャケットを置きに自室へと向かいました。







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