君と 僕と もどかしい距離




残六日

珍しく何の予定もない休みが明日に迫った日、わたくしは仕事帰りにレンタルビデオ屋に寄っていました。
ひとりで過ごすには時間を持て余しそう、かといってどこかに出掛ける気分でもない。そういう時には部屋で映画でも観るのに限るのです。
映画に集中している間は、余分なことを考えずに済むのですから。
まばらに客の入った店内を回り、目に付いたタイトルを手に取ります。
何本か選んだところで、ふと気付きました。
何気なく手に取っていた筈なのに、手元にあるのは前にふたりで観たものや、ガチャピンが好きだとか面白いと言っていた作品ばかりだったのです。
なんだかなぁと苦笑していれば、すぐ傍の棚で若い男の人が携帯をかけ始めました。羽織っているコートの下はスーツ姿で、わたくしと同様仕事帰りなのかもしれません。
「あ、もしもしオレ。・・・うん、仕事は終わった。今、レンタルしてたのを返しに来たとこ。もうすぐ帰るから」
恋人にでも電話を入れているのでしょうか。声の調子がどこかやわらかいように聞こえます。
「それでさ、何か観たいのがあれば借りてくるけど。・・・うん、他には?・・・わかったそれも借りてくる。ん?・・・はいはい、寄り道せずにまっすぐ帰るって。じゃあな」
通話が終わったのか、男の人は携帯をコートのポケットに滑り込ませました。そして棚を眺めて、中から二本ほどを手に取りカウンターへと向かいます。
その後姿を見送ったわたくしはなんとなくガチャピンのことを考えていました。ガチャピンもああして、ひとりで外出した時や仕事から帰る前には必ず電話をしてくるのです。
「あ、ムック?今から帰るよ」
なんて、近所に買い物に出た後でもいつも律儀に。
それが遠い過去のように思えてしまうのは、暫く声を聞いていないからでしょうか。
自然と暗くなっていく思考に気付いて、口から小さく溜息が洩れます。
これ以上考えるとどんどん深みに嵌っていきそうなので、わたくしは思考を隅に追い遣ることにしました。
明日は折角の休みなのです。もっと別のことを考えましょう。
どうせひとりなのですから、誰を気にすることなく好きなことをすればいいのです。
好きな時間まで寝て、リビングのソファに寝転がりながらだらだらと映画を観て好きなお菓子でも摘まめばいい。
そう考えると、少しだけ気持ちが前向きになるようです。
選んだ映画をカウンターへと持って行き、それを受け取って店を出ます。
店を出た直後、強い冷気を感じてぶるりと身体が震えました。店内にはしっかり暖房がかかっていましたから、余計に寒さが堪えるのでしょう。
思わず首を竦めるようにして駅へと続く通りに足を向けます。
小さな商店が軒を連ねている一角を抜け、昼間は子供で溢れているだろう公園を横目に一定の間隔で明かりの点る街灯の下を歩きます。
時間を確認する為にショルダーバッグから携帯を取り出せば、メールの着信があるのに気付きました。ガチャピンからのメールです。

『やあムック、元気?ムックはもうとっくに部屋に帰ってる時間じゃないかと思うけど、僕の方はやっと今仕事が終わったところなんだ。今日はね、一日すごく大変だったんだよ。』

それに続いて、今日の大変だったという出来事が並んでいます。
・・・どうせならメールよりも声が聞きたかった。
なんて思いながらも、わたくしは返信メールを打ちます。

『お疲れさまです。わたくしもちょっと寄り道をしたので今から帰るところです。今日はゆっくり休んで、明日も頑張って下さいね。』

送信して、携帯をバッグの中に戻します。
その後でふと見上げた空には雲がかかり、夜の闇がいつもよりのっぺりと深く濃いように思えました。
そっと息を吐けば白くけぶる筋が頼りなさそうに空へ向かって伸び、闇の中に吸い込まれて消えていきました。






inserted by FC2 system