君と 僕と もどかしい距離




残五日

「あなたと離れるなんて考えられない。離れることを考えただけで、僕は・・・」

哀切を帯びた口調の男は、切実な光を帯びた眼差しを真直ぐにこちらに向けます。わたくしはそれを、リビングのソファで膝を抱えた姿勢で眺めています。
目の前のテーブルには、食べ散らかしたお菓子の袋やジュースのペットボトル。
またテレビのリモコンと昨日借りてきた映画のケースが手を伸ばせば届く範囲に、乱雑に散らばっています。
昼も近いような時間に起き出し、服もパジャマのまま着替えずに髪もぼさぼさ。
そんなだらしのない恰好でリビングに居座り、わたくしはずっと映画を観ています。
今観ているのは、わたくしが個人的に好きな作品です。
画家志望の若い男と、ひとまわり以上歳の離れた家庭を持つ女性との一途な恋。内容的にはありきたりの部類に入る話かもしれません。
けれど、この画家志望の男がガチャピンに似ているような気がするのです。
但し、似ているとはいっても容姿そのものは少しも似ていません。
どちらかといえば漂う雰囲気ですとか、ちょっとした仕草や口調がわたくしにガチャピンを思わせるのです。


「―――僕はあなたが好きだ。誰よりも、あなたを愛している」


画面の中で熱っぽく告げた男は、女性を掻き抱くようにして腕の中へと収めます。不器用に、それでも激しい衝動に突き動かされるように口吻けを交わし、互いに熱を帯びた瞳で見つめ合うふたり。
そして、そうなることが必然とでもいうようにベッドシーンが始まりました。
睦み合うふたりの姿を眺めながら、わたくしはガチャピンのことを考えます。
普段はやさしいガチャピンも、あの時はいつもより乱暴に、荒々しくなるのです。
わたくしを組み敷いて、好きなように翻弄して。
それに慄きながらも、自然と身体が熟れてすぐに何も考えられなくなるのです。
まるで、自分が自分ではなくなるような感覚。
それでもガチャピンに高められ、あられもない声を上げながらぐちゃぐちゃに乱されるのがわたくしは決して嫌いではないのです。
その感覚がありありと身体に蘇ってきて、むずむずともどかしい―――それでいて間違いなく甘い―――痺れが背を這うのに自然と腰が重くなるのを感じました。
いつしか身体の一部分に明らかな変化が生じます。
こういう時、わたくしは単純な自分の性が無性に憎くらしくなるのです。
だってこれでは欲求不満であると自ら公言しているみたいではありませんか。
はぁ、と重々しく溜息を吐いてはみましたが、集まった熱が散ることはありません。そのまま放っておくことも出来ないので、わたくしは観念して下肢に身に付けていたものを寛げました。すでに形を成した熱塊を緩急付けて擦り上げる間も、考えるのはやはりガチャピンとのこと。
薄くなめらかな唇と、温く湿った舌の絡むなまめかしい感触。
器用に、また容赦なくわたくしの身体を這い、奥まった部分さえ暴いてゆく指。
わたくしの最奥を貫き侵食する、硬く尖った熱塊と、掻き回されて立つ淫らな水音。
熱にでも浮かされたように、繰り返しわたくしを呼ぶ声。
それらをひとつひとつ思い出していく内に、自然と息が上がっていきます。
その内、わたくしの手のひらはぬるぬるとしたもので濡れ始めました。
指を滑らせるほどに溢れてきて、動かす度ににちゃにちゃと粘つく音からくちゅくちゅという水っぽい音に変わっていきます。
徐々に大きくなっていく湿っぽい音を耳に入れながら、先端部にある窪みを指の腹で擦り上げた時。急激に昂った熱の前にぶるりと身体が震えました。
後には、白濁した青臭いもので汚れた手のひらが残ります。
重力に従いねっとりと流れ落ちていくものを荒い息の中で見つめ、わたくしは無言で傍にあったティッシュを手に取ります。きれいに手のひらを拭い、未だ濡れたようになっている萎びた塊も同様に処理しました。
その合間にテレビを見遣ると、映画はラストに向けて随分と進んでいました。
・・・ああ、わたくしは一体何をやっているのでしょう。
少しばかり空しい心持ちに陥っていた最中に、メールの着信を知らせる携帯の音。
突然のことにわたくしの身体は大きく竦み上がります。
心臓が煩いくらいに跳ねているのを自覚しながら、おずおずと相手を確認して・・・わたくしはそのままソファに倒れ込んでしまいそうになりました。
メールはガチャピンからだったのです。
どこかで見ていたのでは、と勘繰りたくなるほどのタイミングに悪戯を見付かった子供のような思いに囚われながら、メールを開きます。
そこには疾しいことなど何ひとつもない、今日も真っ当に仕事を頑張ったという旨が綴られていました。
それを見てわたくしは、自分がすっかり情けなく、またどうしようもない人間になってしまったように感じながら。

『お仕事、頑張っているようですね。わたくしもガチャピンに負けないように頑張らなくてはと思います。』

なんて白々しいメールをどうにか返し、ぐったりとソファに寝転がります。
いつしか映画はエンドロールが流れるところまで来ていました。
そのまま最後まで観続けるのも、次の映画を観るのにも気分が乗らず、わたくしはテーブルのリモコンでテレビの電源を落としていました。







inserted by FC2 system