君と 僕と もどかしい距離




残四日

ふ、と。
無意識に零れた溜息は、ガタンゴトンと揺れる電車内では簡単に掻き消されます。
妙に疲れているように思うのは仕事で動き回ることが多かった、という所為だけではないようでした。結局、休日を自堕落に過ごしたわたくしは最後そのままソファで眠ってしまったのです。
次の駅に着いて人が降り、席が空きました。
立っていたわたくしがそこに座った時、電車内に制服を着た高校生のカップルが乗ってくるのに目が留まりました。
わたくしが座る席から真向かいにある扉の前でふたりは指を絡ませるように手を繋いでいます。その距離は近く、肩と肩だけでなく今にも身体ごと触れ合うのではと思うほどでした。
電車が動き出して暫くすると女の子は肩に掛けていたカバンからイヤフォンを取り出しました。何気ない様子で自分と男の子の耳に片方ずつ宛がうと、そのまま何かしら告げています。
すると男の子も応えるように口を開きました。女の子が小さく肩を震わせて笑っているのがわたくしの視界にも入ってきます。何を言っているのかまでは聞こえてきませんが、とても楽しそうな様子です。
その時、カーブに差し掛かった電車が大きく揺れました。
蹌踉めいた女の子を咄嗟に男の子が身体で受け止めます。女の子は照れくさそうにしながらも、受け止められた格好のままで男の子を見上げています。
女の子が少し背伸びをして男の子にそっと耳打ちをしました。それに驚いた顔をしていた男の子でしたが、すぐにやわらかく目を細めてよしよしと言わんばかりに彼女の頭を撫でています。
傍から見ていても可愛らしく、微笑ましいばかりのふたりの様子。
なのに、何故かわたくしは自分がとても悲しくなっているのに気付きました。
何がどう、という訳ではないのです。
どうしてガチャピンがここに居ないのだろう。
どうしてわたくしはひとりなのだろう。
そんな思いが急激に胸中へ湧き上がって、自分では到底処理しきれない強い力で以てわたくしを揺さぶるのです。
・・・どうしようもないことだと、ちゃんとわかっている筈なのに。
そんなわたくしの動揺を余所に、高校生ふたりは手を繋いだまま次の駅で降りていきました。
その後ろ姿を見送って、一面墨を塗ったように暗く流れていく窓の外をぼんやりと眺める内に降車駅に着いていました。
電車を降りて改札を抜け、とぼとぼと部屋までの道程を歩いている最中。
ショルダーバッグに入れていた携帯が鳴りました。立ち止まって取り出してみればガチャピンからのメールです。

『やあムック、元気?』

いつもと同じ言葉で始まるメールは、一日とても充実して楽しかった、という内容でした。
なんだかそれにも苛立つような、無性に悲しくなるようなで。
「ちっとも元気じゃありません」
画面を見ながら思わず零していました。
先程から胸が騒いで治まらないし、自分の感情も碌に定まらない。それでもこのまま部屋に帰ればまたひとりなのだと思えば、なんだかもう。

『さみしい』

返信の画面に殆ど衝動的に打ち込んでいた文字。
それをまじまじと眺めて冷静になったわたくしは溜息と共に全て消しました。
電車の中とは違い、溜息は一筋の白い線になって吐いた傍から消えていきます。
こんなメールを送ったら、ガチャピンは困るでしょう。
もしかしたら迷惑だと思うかもしれない。
ガチャピンにそのように思われるのはわたくしの一番望まないことなのです。
現にガチャピンは今ひとりで頑張っているのです。我儘なんて言える訳がない。
・・・こんなつまらないことを考えてしまうのはわたくしが疲れている所為でしょうか。
携帯を握りしめていた手は、容赦のない寒さで指先からかじかみ始めていました。その中でわたくしはどこかぎこちなく強張る指を動かしてメールを打ちます。

『こちらは何も変わったことはありません。大丈夫。』

「だいじょうぶ・・・」
自分に言い聞かせるように言ちながら送信ボタンを押します。
携帯を再びショルダーバッグに押し込み、すっかり冷えた手をジャケットのポケットに突っ込みました。
夜の闇がわたくしの背に圧し掛かりでもしているように、自然と猫背になりました。
足元を見ながら歩いていれば寒さがより身に沁みてくるようでもありました。






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