君と 僕と もどかしい距離




残三日

朝からどうにも体調が思わしくなく、動くことが億劫に感じる日でした。
いやに身体が重怠い所為か、頭も冴えずにぼんやりとしています。
わたくしとしたことが朝食を摂ろうとも思えなかったほどなのです。
本当ならベッドで一日ゆっくりと眠りたいような気分でしたが、そうも言ってはいられません。どれだけ体調が悪くとも仕事の予定は入っており、今日中にこなさねばならないことも十二分にわかっています。
体調不良を押して一日屋外での仕事をやり終えた後、状態は更に悪化していました。強い倦怠感を前に、帰りの電車の中ではとても立って居られませんでした。
わたくしは空いた席に腰を下ろすと、瞼を閉じてずっと俯いていました。正直、顔を上げているのも辛かったのです。
暫くその格好で電車に揺られていた時、ぱたぱた、と何かを打つような音が耳に届きます。顔を上げると、車窓には大粒の水滴が幾つも付いていました。
どうやら雨が降り出したようです。
車窓に打つかって次々に重なり合った雨粒は、その内重みに耐えきれずだらりと下方へ流れ落ちていきます。斑に垂れ下がったそれらの筋は、まるで何かの模様のようにも見えました。
雨だれを眺めながらふと、仕事中誰かが夕刻から天気が崩れると言っていたのを思い出しました。
けれど、わたくしは傘を持ってはいませんでした。
そんなことは今の今迄頭の中から完全に消え失せていたのです。
でもいつもなら朝の段階できちんと天気予報をチェックしたガチャピンが傘を持たせてくれるのに。
・・・なんて、居ない相手のことをいくら思ったところで仕方がないのですけれど。
駅に着いて改札を出ると、雨は小降りになっていました。
霧雨のような細かな雨。これなら傘無しでも大丈夫かもしれない。
そう思って雨の中を踏み出したのに、途中で雨足が強くなってきました。
距離的には後もう少しで部屋に着くというところです。
わたくしは身体の不調を押して走り出しました。
但し、いつものようなスピードは出ません。相変わらず身体は重怠く、息もすぐに上がるのです。
降り続く雨に、身に着けているものは容赦なく濡れ、水を含んで重みを増すように感じました。また徐々に身体が冷えていくのもわかりました。
わたくしが漸く部屋に辿り着いた時、頭の天辺から足の先まで雨に打たれて濡れ鼠になっていました。肩に掛けていたショルダーバッグも例外ではないようです。
濡れた靴を脱ぎ捨てて部屋に上がれば、服から容赦なく滴る雫が歩く後から線のように続いていました。
しかしそれを気にする元気もないまま、わたくしはバスルームに直行します。
濡れた服を脱ぎ、放り込めるものは皆次々と洗濯機へ放り込みました。
バッグの中も開けてみましたが、見た目ほど中身は濡れていないようです。
傍にあったタオルを手に取って、濡れた身体とバッグとをざっと拭っていきます。
このまま温かいシャワーでも浴びた方が良いのはわかっていましたが、そうすることが酷く億劫にも思えました。身体の倦怠感は否応なく増していたのです。
結局、服だけ着替えたわたくしはバッグを片手に重い足取りでリビングに向かいました。
リビングの明かりを点けるとバッグをテーブルへ放るように投げ置き、暖房のスイッチを入れました。そうしてから身体をソファへと沈めます。
ソファに座ると、わたくしはそのまま動けなくなってしまいました。
いつの間にか尻に根が生えたか、もしくは身体中びっしりと重石を付けられたかと疑いたくなるほどです。また体調不良も効いているのでしょうか、暖房がかかって少しずつ暖まっている筈の室内でも寒気が止まらないのです。
これは拙いかもしれない。
そう思いながらも、身体は少しも言うことを聞いてくれそうにありませんでした。
何かしようという気力すら、全て奪われていくようです。
せめてベッドで寝た方がいいとは思いましたが、最早身体は鉛のように重く、わたくしはそのままソファへ横になりました。その上から、膝掛け代わりに置いていた薄手のブランケットを被ります。
しかしブランケットに包まっても、寒気は一向に収まりませんでした。
がたがたと震えながら、身体を丸めて手足を小さく折り畳む恰好で瞼を閉じます。
すると徐々に意識が深いところへと沈んでいくのがわかりました。
抗うことをせず、というよりは抗うなど考えられずにいるわたくしの耳に、携帯の音が届きました。メールの着信音です。
きっとガチャピンだろうとは思いましたが、再び瞼を開くことが酷く億劫に思えて。
わたくしはそのまま意識を手放していました。






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