GM SSS

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「ムックなんてきらい」


まるで笑うような声音で紡がれた言葉に、わたくしは目を落としていた本から顔を上げました。
そんなわたくしを、満面の笑みを浮かべた、まるっきり上機嫌そうな顔付きのガチャピンが見つめています。
控室のテーブルの向かい側で頬杖をつくその顔だけ見れば、先程の言葉は聞き間違いではないかと思わずにいられなかったのですが。
「ムックの顔なんて見たくないし、声も聞きたくない。僕の傍に居て欲しくないんだよね、本当は」
無邪気、とも取れる調子で言い募る口元を、わたくしは今度こそ呆けたように見つめるしか出来ませんでした。
どうして急にガチャピンはそんなことを言い出したのでしょう。
特別、喧嘩をしたという訳でもありません。それに喧嘩をしたからといって、ここまで酷い言葉を口にされたことはなかったのです。
もしかして、気付かない内にガチャピンの気に障ることでも仕出かしたのでしょうか。
「どう、して・・・?」
「だって僕、ムックがきらいだから」
勇気を出して訊ねたわたくしに向かって、ガチャピンはあっさりと、何でもないことのように言います。その顔に浮かぶのは、相変らずの笑み。
わたくしはガチャピンの心がすっかりわからなくなっていました。
何故、ガチャピンは笑っていられるのでしょう。きらいだなんて言って、顔も声も、傍に居ることさえもはっきりと拒絶しているのに。
でも、もしかすると言わなかっただけでガチャピンはずっとそう思っていたのかもしれません。だからこそ、こうして笑っているのだとしたら。
そう思えば、これからどうすれば良いのか、何を言えば良いのかすらも何ひとつ頭の中に浮かんではきませんでした。ガチャピンにきらわれるなんて、今の今迄わたくしは一度も考えたことがなかったのです。
完全に停止した思考のまま、凍りついたようにガチャピンを眺めていたところで。
「・・・なんてね、うそだよ」
「え?」
「ほら、今日エイプリルフールだから」
ビックリした?なんて、やっぱり笑ってガチャピンは言います。
その顔に、悪意なんてものは微塵も感じられません。
わたくしは告げられた言葉と目にした表情とに、自分の中で張り詰めていたものが緩むのを感じました。
また、それにつられて視界がじわじわと滲んでくるのも。
「えっ、ムック?」
「・・・うそでも、そんなことを言わないでください。そんなの・・・いやです」
そう口に出したところで、頬を伝う雫の存在をわたくしは認めていました。
たとえ他愛のないうそであったとしても、それがガチャピンの口から出てきたものならば、わたくしはとても平気ではいられないのです。
ガチャピンの言葉でこんなにも簡単に揺れ動く自分を恥ずかしいとも思うのに、零れるものは少しも止まる様子を見せませんでした。
そんなわたくしを見て、ガチャピンは表情を一変させると慌てた声を上げました。
「ごめんムック、本当にごめん!あんなこともう二度と言わないよ!!僕がムックをきらいになるなんて絶対にないから!!!」
おろおろしながら懸命に言い連ねるガチャピンの姿にわたくしは安堵し、しかしながら一方では少しばかり意地悪な心持ちにもなっていました。
「僕、誰よりもムックがだいすきだから!」
「わたくしはガチャピンなんてだいきらい、です」
「えっ」
ぽつりと零したわたくしの言葉に、いつも少し眠そうに見えるガチャピンの両目がいっぱいに見開かれます。
そのガチャピンの、間の抜けた顔ったら!
わたくしは溜飲が下がるのを感じながら、今度はにっこりと笑って告げます。
「・・・うそです。その、反対ですよ」






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