GM SSS

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「月がきれいですね」
隣を歩くムックが空を見上げて言う。
今夜は十五夜だから、と僕はムックを誘って夜の散歩に出た。
どこに行くとも決めずに、ふたりでわざと民家や街灯の少ない道を選んでゆっくり歩いている。時折吹く、さらりと肌を撫でる涼やかな風に乗って近くの草むらから虫の声が聞こえる。もうすっかり秋の風情だ。
そして空には深い闇の中にぽっかりと浮かぶ、やさしい色をしたまん丸のお月さま。
「でもムックは月よりお団子の方が気になるんじゃない?」
手に提げたビニル袋を持ち上げるようにして、訊いてみる。
僕達は途中、道沿いにあったスーパーに寄って月見団子を買っていた。
散歩に出る前にムックが「お月見と言えばお団子です!お月さまみたいにまん丸のやつ!!」と言ってきかなかったから。
「そんなことはありませんぞ。でも、お月見にはお団子があった方が嬉しいです。だって月を食べているみたいではありませんか」
「月を食べちゃうの?」
「だってまん丸で、きれいで、美味しそうでしょう」
僕の隣で、月灯りを映し込んだムックの瞳がきらきらと輝いている。
どこかうっとりとした様子に、もしかしたら頭の中では今まさに月を齧っている最中かもしれない、と思う。ムックらしくてつい笑ってしまうけど。
そうしたらムックがちょっぴり唇を尖らせた。あ、拗ねちゃうかな。
すぐに両手を合わせてごめんごめんと謝れば、ムックは仕方ないなという風に唇を元に戻してみせた。
「でも月ってどんな味がするのかなぁ」
「きっとふんわり甘くてやさしい味で、お団子みたいに美味しいんですよ」
にこり、と屈託なく笑いながら言われると、途端にそんな気がしてくるから不思議だ。僕も月を見上げて、その端っこをムックと一緒に齧る姿を想像してみる。
―――・・うん、イイかも。楽しそう。
まるで本当に月の端っこを齧りでもしたみたいに、胸の中がふわりと甘く、やさしいもので満ちる。
「僕も食べてみたいかも」
「でもわたくし、ガチャピンの分も全部食べてしまうかもしれませんぞ」
「えー、独り占め?」
「だって沢山食べたいですから」
そう言ってムックは唇の端を持ち上げる。顔に浮かぶのは、少し意地悪な笑みだ。僕はそれになんとか意趣返しがしたくなる。
「じゃあいいよ、僕は代わりにムックを食べちゃうから」
がおーっと両手を振り上げてオオカミ男の真似をしてみる。この間借りてきた映画がオオカミ男のもので、丁度ふたりで見たばかりだったんだ。
そんな僕を、ムックがどこか驚いたように見つめている。
・・・これはもしかして、ハズした?うわ、なんか恥ずかしい。
「なーんてね!」と慌てて冗談にしようとした僕に、ムックはぽつりと零す。
「べつに、ガチャピンになら食べられても良いです、けど」
予想外の言葉に、僕はムックを見遣る。やわらかな月灯りの中で、ムックの頬がほんのりと赤く染まっていた。
言いながら照れるなんて反則だ。つられて僕まで照れ臭くなってくる。
顔に熱が集まるのを感じながら、一応確かめるつもりで訊いてみる。
「・・・本当に食べちゃっていいの?」
「お団子食べてからなら」
ムックの中で、月を食べる話がこの後の予定へすり替わったらしい。
まあ、僕もそのつもりではあったんだけど。
目の前でますます赤くなっていく頬を眺めながら、僕は嬉しいようなくすぐったいようなで思わず頬が緩んでしまう。
そんな僕を見て、ムックはぶすっとむくれてみせた。
「もう、何ですか、ガチャピン」
「ごめんごめん、でももうそろそろ帰ろっか?」
ムックの気が変わらない内に、少しでも早く。
むくれたままのムックの手を取れば、嫌がるでもなく握り返してくれる。
そのまま指先を絡めて、手を繋いで。
少し早足になる僕たちの頭の上で、そっと微笑むみたいに月がやさしい光を落としていた。








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