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続いてゆく日々のいとしさ

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五月二十一日

「呑みに行きませんか」
そう誘われ、ジジイと共に彼とよく行く居酒屋へと足を向けた。
ジジイとふたりで呑みに行くなんてどうにも奇妙な感じがしないでもない。けれど前々から行こうと約束はしていたのだから、素直に受け入れたまでの話だ。
気の良い老齢の主人と女将が切り盛りするその居酒屋は、平日でまだ時間も早い所為か、今はオレとジジイの姿しかない。
なのでカウンターの中央を陣取って、ジジイは熱燗、オレはビールを手元に置いている。肴の方は主人が鋭意調理中だった。
ふたりで居ても特別話すこともないので、完成を待つ間、話題は自然と彼のことへと流れていった。昔のこと、今のこと、そしてこれからのこと。
そんな話の合間に、猪口に注がれた熱燗を一気に煽ったジジイが口を開く。
「・・・で、君は一体いつイルカくんにプロポーズするつもりなんですか?」
いきなりの展開に、オレは口に含んでいたビールを噴出しそうになってしまった。
その際ビールがおかしなところに入ったようで、オレは大きく噎せ返り、ついでに鼻の奥がつんと鈍く痛んだ。お陰で少しばかり涙目になりながら、「え、あ、ぷ、プロポーズ?」としどろもどろに答える。
木の葉では忍里の特性上、同性同士の色恋にも寛容なら、婚姻までも認められているのはオレだって知っている。けれど、何故今その話題を振ってくるんだろう。
動揺するオレとは裏腹に、ジジイの言葉を聞いた主人と女将はすっかり色めき立っていた。ふたりとも、オレと彼との関係をよく知っているから余計なのかもしれない。
「なんだ、漸く身を固めるのかい!めでたいねぇ!!」
「本当に。でもプロポーズは一世一代のことだからしっかり考えるんだよ。あたしも昔父ちゃんにねぇ・・・」
「オイオイ、止めろよ。恥しいだろ」
「何よ、照れちゃって!」
そう言って女将が勢い良く主人の腕を叩く。バシンと非常にいい音がしたので痛そうに見えたが実際に痛いらしく、主人は腕を摩りながら苦笑いしている。仲睦まじい様子を目前で見せ付けられれば、いつもなら微笑ましく眺めるのだが、今回ばかりは勝手が違う。
オレはどうしても小さくなる声で、ぼそぼそと言葉を紡ぐ。
「・・・いや、最終的には籍を入れたいとは思ってますけど、今はまだそこまでは」
「何を言っているんですか。イルカくんの状態を考えれば一刻も早い方が良いに決まっています」
酒が入っているからか、いつもより強気に、またどこか据わった目で告げてくるジジイに何も言い返すことが出来ないでいた。
確かに、いつ見えなくなるともしれないから早いに越したことはないのだろう。でも、いきなりそんなことを言われてもこちらだって戸惑ってしまう。
大体、死ぬまで独りで生きていくんだと思い込んでいた人間が誰かにプロポーズするという事態に陥ることからして、予想外も甚だしかったりするというのに。
・・・まあ、全く考えていなかった訳ではないけれど。
それにプロポーズしたとして、彼が頷いてくれなかったらどうするんだ。断られたら本気で立ち直れないぞ。
というか、その前に何て言うんだ。
プロポーズの言葉なんてまともに考えたことがないからちっとも思い付かない。単純にオレと結婚して下さい、でいいのか?
「いや、それじゃ印象が弱くてダメだろ。ここは男らしく『オレのパンツを洗ってくれ!』だな」
「いやいや、ここは敢えて定番で『オレに毎日みそ汁を作って下さい』がいいんじゃないかと」
「ふたり共、それはちょっと古いわよ。若い子なら『オレと毎朝モーニングコーヒーを飲んで下さい』でしょ」
ああでもない、こうでもないと三者三様好き勝手に宣いつつ。
本人そっちのけでプロポーズの話題で盛り上がっているのを傍らで眺めながら、これはもう彼にプロポーズするしかないんだろうな、とどこか他人事のように考える。
そしてオレは室温で汗を掻き始めたグラスを掴むと、漸く定まった覚悟と共に温まったビールを一気に飲み干した。





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