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続いてゆく日々のいとしさ

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五月二十五日

「あ、カカシ先生っ!」
受付所が入る建物の廊下を歩いていたら、大きな声で名を呼ばれた。足を止めて振り向くと、片手にファイルのようなものを抱えたサクラが廊下の向こう側に居た。
すぐさまこちらへと駆け寄って来た相手の、開口一番がこの台詞。

「カカシ先生、明日予定空いてます?っていうか、勿論ちゃんと空けてありますよね?」

有無を言わせぬ調子に、思わず面食らう。しかも空けてありますよね、って何で確定形なんだろう。
訝しいものを覚えながらも、明日は何かあったかと考えてみる。
明日は二十六日、と考えたところではたと気付く。
明日は五月二十六日。彼の誕生日じゃないか!
ここ最近、訓練だのプロポーズだのでバタバタしていてすっかり忘れていたのは痛恨の極みだ。何でこんな大事なことを忘れているかなオレは!
取り敢えずケーキと、その前にご飯は何を作ろう。あ、プレゼントはどうしようかな。何か欲しいって言ってたものがあったっけ。
「・・・ちょっとカカシ先生?」
自分の世界に突入するオレを現実に引き戻すように声が掛かる。
そこで漸くサクラと話をしていたのを思い出した。
でも今、忙しいところなんだけど。
「いや悪いけど、明日は用事があってな・・・」
「カカシ先生、御結婚おめでとうございます」
「え?あ、ありがとう・・・?」
唐突に言われた所為で、少々返答に詰まる。
でもちょっと待て。オレはサクラに結婚したことと告げていただろうか。
「昨日、ナルトから聞きました」
まるで頭の中を読んだようなサクラの言葉に瞠目せざるを得ない。
サクラって医療忍術だけでなく読心術まで使えたっけ、なんてことを一瞬考えてしまったほどだ。しかしそんなオレの動揺などどこ吹く風で、サクラはつらつらと言葉を次ぐ。
「昨日、私用事があって一日綱手師匠のところに居たんです。そうしたら夕方くらいかな、ナルトが師匠を訪ねて来たんですよ。しかも妙に意気込んだ様子でね。それでアイツ、執務室に入ってくるなり何って言ったと思います?私は勿論、師匠も居合わせたシズネ先輩も皆呆気に取られましたよ。何の前置きもなく、
『オレ、どうしてもイルカ先生達のお祝いをしたいんだってばよ!』
って言うんですもん」
ナルトの口振りを真似るサクラの口は絶好調で一向に止まる様子を見せない。こういう時、女の話を遮ると面倒なことになる。経験上良くわかっているオレは口を挟まず聞き役に徹することにした。
「でも、よくよく聞いたらカカシ先生とイルカ先生が結婚したっていうじゃないですか。私、すっごく驚きましたよ。そんなこと全然知らなかったし。で、ナルトは師匠ならそういう祝いの席でも設けてくれるんじゃないか、って思ったらしいんです。アイツ本当にバカなんだから。・・・ただ、それを聞いた師匠がすっかり面白がってしまったんですよね。私を補佐に付けるから自分で祝いの席を設けろ、ってナルトに言ったもんだから、アイツすっかりやる気になっちゃって。成行きとはいえ、こっちはとばっちりだしいい迷惑ですよ」
「そうなんだ・・・」
盛大な溜息と共に告げられるサクラの言葉尻には明らかに険のようなものが含まれていた。ここで下手なことを口にすれば倍以上に膨れた言葉が返ってくるのは容易く予想出来た為、敢えて当たり触りなく返す。
・・・案外、オレはサクラ相手には気を遣っている方だと思う。
本人には全く伝わっていない様子だけれど。
そんなオレにサクラは一瞥を呉れ、再び口を開いた。
「でもね、私ナルトの気持ちもちょっとわかるの。アイツにとってイルカ先生は大事な人でしょう?その人の新しい門出を祝いたいって、すごく自然で当たり前のことだと思うんです。あ、カカシ先生のことだって勿論祝いたいですよ?」
あくまで付け足しのように言われて、少々微妙な心境になる。・・・まあいいけどね。そういう扱いには慣れているから。
「それで明日がイルカ先生の誕生日だっていうから、その日にふたりのお祝いをしようってナルトと決めたんです。イルカ先生が大袈裟で堅苦しいのが苦手でも、誕生日に託ければ気安いと思うし」
「えー・・・でも、明日はオレ達結婚してから初めて迎える誕生日なんだよねぇ」
そもそも誕生日といったら一年に一回しかない大事なイベントだし、それ以前に今回は結婚もしてより特別な日になる筈なんだ。だから皆で、なんて冗談じゃない。ふたりきりで過ごさせて欲しいんだけれど。
「何言ってるんですか!誕生日はこれから何度だって来るけど、結婚のお祝いをして貰えるのは一生に一度きりなんですよ、先生!!」
窘める口調は思った以上に強く迫力に満ちて、上忍であるオレですらたじろぐ。綱手様に鍛えられているのかもしれないが、女の子は幾つであっても既に女という生き物であるらしい。
・・・しかし自分の半分くらいしか生きていない女の子に口で負けているのはどうなんだろう。ナルトがサクラに頭が上がらないのが、こんな時になってわかるとは思わなかった。
「それに、皆ふたりの結婚を祝いたいの。昨日話が決まって、その参加者を募ったら本当にすごかったんですから」
そう言うと、サクラは抱えていたファイルを開いてみせる。そこに挟まっていた一枚の紙はびっしりと細かい文字で埋まっていた。差し出された紙をよくよく見ればそれは全て名前のようだった。
「会場が狭いからこの中で人数を相当絞ったんですよ。これで皆の気持ちがよくわかったでしょう?」
サクラは心持ち広がった鼻の穴で以て、どうだと言わんばかりだった。
昨日の今日でここまで人が集まっているのにまず驚く。それも皆、オレと彼との為に集まったというのなら尚更。ここまでされたらもう笑うしかないだろう。オレの負けは既に確定。降参だ。
「・・・わかった。オレもあの人も参加します」
この言葉に、サクラはにっこりと、正しく花が咲くような笑顔を見せた。
そのどこか勝ち誇った表情に、彼とは違う意味で敵わないなあ、と思わずにいられない。
「ありがとう先生。それでね、お願いがあるんだけど」
サクラに頼まれたのは、サプライズにしたいので当日まで彼には内緒にしておくのと、当日彼と一緒に会場まで来て欲しい、という二点。
因みに会場が、この間ジジイと行って彼にプロポーズするのを決意させたあの居酒屋だと知れた時には、驚きを通り越して思わず苦笑いをしてしまった。
「イルカ先生、当日受付所のシフトに入っていますけど、少し早めに迎えに行ってくれても大丈夫です。師匠は全部ご存知なので。先生達が来る前に私やナルトは店内の飾りつけをして、いのに花束は頼んであるから持ってきてくれるし、飲み物と料理はお店にお願いしてあるし、後は・・・そうだ、ケーキを取りに行く人間を決めないと」
ポーチの中から取り出された、こちらも几帳面に文字がびっちりと書き込まれた手帳と睨めっこするサクラに、オレは呆気に取られる。
「もしかしてサクラ、こういうのに慣れてる?」
「・・・時々、師匠主催の宴会の手配や手伝いをすることもありますから」
私まだ未成年なのに、と零すサクラにもいろいろ苦労があるのだろう。そこにはあまり触れないようにして、名前が書き込まれた紙を改めて眺める。そこにはオレもよく知る相手の名前が其処彼処にあった。それ以外は彼の知り合いだろうか。
それにしてもこんなにオレ達のことを祝福してくれる人間が居るのか、と感慨深いものがある。誕生日はふたりきりが良いと思っていたけれど、こうして見れば素直に嬉しいとも思う。我ながら随分単純かもしれない。
そんなことを考えながら紙を眺める内、オレはそこにとある人物の名が無いのに気付いた。あの人もきっと彼を祝いたいだろう。
オレはサクラに、もうひとり呼びたい人間が居る旨を告げていた。
「そうですね・・・ひとりなら大丈夫だと思います。あ、名前だけ教えて貰えますか」
そう言われて、オレは今更のように相手の名前を知らないという事実に至る。いつも心の中では『ジジイ』と呼んでいたし、口に出す時は『先生』と呼んでいたのだ。
困った。けれどあの人が面子に入らないのも困る。
なので仕方なく、ジジイ、と告げれば。
「ジジイ?」
サクラに大層怪訝そうな顔をされた。









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