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続いてゆく日々のいとしさ

15




五月二十六日

サクラに言われた通り、終業時刻の少し前に彼を迎えに行く。
既に一度、報告書を出しに受付所を訪れていたので、再び現れたオレを見た彼は訝る様子で眉を顰めてみせた。
その顔に怯みかけながらも、何と声を掛けるかで逡巡する。
取り敢えず、行きましょうかと告げてはみたが、よくわからないといった風に首を傾げられる。その表情で、どこに?何しに?と雄弁に訴えかけられているような気がするのは、心に疾しいものを抱えている所為か。
なにせオレは、今日これからのことを彼に何も話していないのだ。
だからこそ尚のこと知られては困る。知られたが最後、今後長きに渡ってサクラからねちねちくどくどとこの件で責め立てられるだろうことは目に見えているから。出来ればそんな事態は勘弁願いたい。
そんなオレ達の遣り取りを、彼のすぐ隣で少しばかり頬や口元を引き攣らせた綱手様が眺めている。多分、この引き攣りの原因は笑いを堪えている所為だろう。微妙に肩まで震えているのが気にはなるけれど。
なので一応、綱手様にも彼を連れて行く旨を伝えておくことにする。
「綱手様、この人貰っていきますね」
「ああ、構わないよ。勝手にしな」
やはり肩を震わせながら、どうにか平静を保った声が返る。サクラの根回しは綱手様にもばっちりらしい。
唯一事情がわかっていない彼は、先程の綱手様の発言に目を丸くして口を開きかけていた。
そんな彼に向け、オレはカウンター越しに腕を伸ばした。そのまま身体に腕を巻き付けると無理矢理肩へ担ぎ上げる。かなりの強硬手段だが、彼に彼是言われても誤魔化し切る自信もないし、それにオレ自身が段々まどろっこしくなってきた、というのもある。
この強引な行為に、彼は最初こそ「うわっ!?」と声を上げたが、その後は肩の上で暴れることもなく非常に大人しい。多分、今現在相当混乱し、思考は完全にフリーズしていると見て間違いないだろう。
担ぎ上げた瞬間、ざわついた受付所内もいつしかすっかり落ち着いて通常営業に戻っている。夕方のピークも過ぎて、この場に居る人間が非常に少ないのと、皆今日のことを知っているのかもしれない。
その証拠にオレがお先です、と声を掛ければ口々に「お疲れ」とか「気を付けてな」と笑顔で挨拶が返ってくる。
全員が自分の味方だというのに満足して、オレは意気揚々と受付所を出た。
彼に皆が集まっているのを教えたいという心が半分と、彼の驚く顔が見たいという心が半分と。サプライズなんて行為に慣れていなくて、黙っているのが辛い、というのもある。昨晩も、何気ない会話の流れでうっかり喋りそうになって慌てて口を噤んだら、彼に不審がられもしたんだ。
だから早くすっきりしたくて、どうにも気が急いでしまう。

「ちょっと、降ろしてくださいよ!この格好で外に出るつもりですか!?」

大声で喚かれて漸く、オレは彼を肩に担ぎ上げたままだったのを思い出した。もし彼に何も言われなかったら、店までこの状態だったろう。まるでどこかから強引に攫ってきたような格好では、祝福されるどころか確実に顰蹙を買っていたに違いない。
危ない危ない。どうやらオレも相当浮かれているらしい。
ひとり胸を撫で下ろしている横で、彼が何だかんだとオレに訊ねてくる。ただ、あまり喋るとボロが出そうで、何を訊かれても適当に誤魔化した。
そんなオレの態度にあからさまに憮然とする彼の腕を引き、店へと急ぐ。最早黙ったままでいるのが難しい気がしたのだ。
そして到着早々、『本日貸切』と張り紙のしてある店の扉を思いっきり引き開けると、彼の背中を押した。
店の中に彼がよろよろと足を踏み入れた瞬間。


「「「「「「イルカ先生、誕生日と結婚、おめでと―――ッ!」」」」」」」」


大勢の人々の声と、盛大なクラッカーの音に出迎えられる。
店内には、紙で作った花や輪っかの鎖という手作り感溢れる飾りに、『イルカ先生&カカシ先生結婚おめでとう』と布の上に墨で書かれた横断幕が貼り付けられていた。
・・・ただ、よく見たら結婚の婚の字、間違ってるんだよな。氏の下は目じゃなくて日なのにな。癖のある字からしてコレはナルトの作か。
なんて考えている内に、オレまでも自然と笑みが洩れる。
それでも未だ事態が呑み込めないのか、呆けたように彼方此方へ視線を彷徨わせる彼を目にし、オレは説明役を買って出ることにした。
「あのね、皆がアンタの誕生日とオレ達の結婚を一緒に祝ってくれるんですって」
オレの言葉に、彼の目は驚きで一杯に見開かれた。しかしすぐに、照れとも困惑とも付かぬ様子でしきりと鼻の傷を指で擦り始めた。それでも、その表情は確かな喜びに輝いている。
「でもさぁ、カカシ先生ってば最初、イルカ先生の誕生日は自分ひとりだけで祝いたいって聞かなかったらしいってばよ?」
「そうなんですよぉ。子供みたいにごねて説得するのが本当に大変だったんですから」
このナルトとサクラの告げ口に、場内から失笑混じりの笑いが起こる。
・・・なんだかいろいろ台無しだ。でも否定も出来ない。
仕方がないので口を噤んで黙っていれば、居合わせたアスマと紅にやれ今回の支払いは全部オレ持ちだの、男ならそのくらいの甲斐性を見せろだの、好き勝手に言われた。主賓を主賓とも思わない発言に眉を顰めてみても、場内は大きく沸くばかり。
それに今度こそ顔全体で渋面を作っているところで、隣に並び立つ彼がどこか感じ入った表情を浮かべているのに気付いた。そして、その目の縁が僅かに潤んでいるのも。大袈裟なことはしたくないと言ってはいたけれど、こうして誰かに祝われるのは彼だって嬉しいに違いない。
やっぱり今日、ここに連れて来て良かった。
「ホントはふたりで祝いたかったんだけどね。でもまあ、こういうのもいいでしょ?」
隣に並び立つ彼にこっそり耳打ちをしてから、改めて告げる。
「誕生日、おめでとう。これからもよろしく」
―――・・その時のオレは、大層気分が高揚していたらしい。
次の瞬間には、大胆にも口布を引き下ろして皆の前で彼の頬に口吻けを落としていた。いつもなら照れ臭さが先に立ってとても出来やしないだろうに、オレも随分場の空気に感化されているらしい。
オレの行為に、店内が大いに沸き立った。歓声や口笛、囃し立てる声に混じって中には悲鳴とも怒号ともつかない悲痛な声が耳に届く。
ていうか、さっきの悲鳴は誰だ・・・?
睨みをきかせつつも、表面上は平静を装って彼の肩を抱き寄せる。
牽制の意味を含めての行為だったのだが、すぐに彼は元教え子達に取り囲まれた。次いでその外から親しい人間や上忍達で二重の人垣が出来上がる。ひとり輪の外に弾き出された格好のオレは、それでも一度は彼の傍に近付こうと試みたのだが。
「カカシ先生、邪魔!」
「お前は家に帰れば会えるだろ」
「そうですよ。せめてこういう時くらい譲りましょうよ」
「そうそう、いい大人なんだしね」
そうだそうだ譲れ譲れ、と取り巻き連中からあからさまに言われた上、オレばかり邪険に扱われる始末で。
・・・皆忘れてるみたいだけど、オレも一応主賓なのよ?
少しばかり切ない思いを抱きつつも、皆の邪魔にならないようオレは自ら会場の隅っこまで行く。そのまま壁に凭れ掛かり、傍のテーブルに置いてあった酒をひとり淋しく手酌で煽る。

「災難でしたね」

幾許かの笑いを含んだ声を掛けられ、オレは不貞腐れた子供のようにのろのろと俯いた顔を上げる。すると目の前に、片手にビール瓶を持ったジジイが立っていた。
「呼んでくれてありがとう」
そう言ったジジイは口元に柔らかな笑みを浮かべていた。
そして「おめでとう」と口にし、瓶の注ぎ口をこちらへと向けてくる。
・・・先程までの出来事を全て見られていた上で改めて言われれば、妙に極り悪い。オレはアリガトウゴザイマス、とぼそぼそと不明瞭に答えながら、残っていた酒を飲み干してコップを差し出した。
オレのコップに並々とビールを注ぎ終えたジジイは、今度はゆっくりと目線を彼の方へ向けた。それは、どこか懐かしいものを見る時のような、やさしさに満ちた眼差しだった。
「イルカくんは、沢山の人間に慕われているのですね。・・・イルカくんの父親もそうでした。彼の人柄に惹かれて、周りにはいつも誰かが居たものです。そして皆、彼のことを心から慕っていた」
そう言って目を細めた後、小さく呟くように続ける。
「彼にも、この姿を見せてあげたかった」
眼鏡を外してそっと目元を拭うジジイの指を、その仕草を、オレは茫然と見つめていた。その視線に気付いたのか、ジジイは誤魔化すように苦く笑う。
「・・・失敬。歳を取ると、どうにもいけませんね」
そして眼鏡を掛け直したジジイは、真剣な面持ちでこちらに向かい合った。つられたように、オレの背筋も真直ぐに伸びる。
「はたけさん、いやカカシくん。君の手でイルカくんを幸せにしてあげてください。頼みましたよ」
そこに在ったのは、祖父のような、父親のような、そんな近しい人間の顔だった。オレもすぐに表情を改め、約束しますと真摯に告げる。オレの言葉に、ジジイは満足そうに頷いた。
ジジイは、実の家族に向けるのと同じ想いを彼に向けている。その相手から託されたのだから責任は重大だと気持ちが引き締まる。そして、それだけ想ってくれる相手が居る彼を少しばかり羨ましく思ってしまった。
そんなオレの前で、ジジイが手酌でビールを注ごうとしているのが目に入った。すぐさま瓶を引き受けて、ジジイに返杯をしながら、ふと。
「あ、そうだ。あの人にも声を掛けてあげてくださいよ」
その為にジジイを呼んだというのに、まだ彼と話をしている姿を見掛けていない。彼と話したいことがそれこそ山のようにあるだろうに。
しかし気を利かせたつもりの言葉に、何故かジジイは僅かに表情を強張らせた。
「いや、私なんかが声を掛けても皆さんやイルカくんの迷惑になるだけでしょうし、それにここで見ているだけで十分ですので」
言い訳染みたことをぼそぼそと口にし始めるのに正直、驚いた。
その様子は先程見せたあの想い溢れる姿はどこに?と首を傾げたくなるほどだったのだ。
でもこのままだとジジイは彼に声すら掛けられずに終ってしまうだろう。それでは絶対にダメだ。彼にとっても、ジジイにとっても。
オレはジジイの腕を掴むと、彼を取り巻く人の輪に近付いていった。
「ちょっと、君!」
ジジイが慌てた声を上げるのも完全に無視して強引に人垣を掻き分けると、その中心に居た彼のまん前に押し出す。
「アンタに、言いたいことがあるんだってさ」
オレの言葉に最初戸惑ったように眉を寄せていたジジイだったが、彼の視線を受ける内、覚悟を決めたように口を開いた。
「・・・結婚、おめでとう」
緊張しているのか、いつも以上にジジイの表情は固い。一方の彼はといえば、やわらかく笑みを浮かべて「ありがとうございます」と返す。するとジジイも漸く表情を緩めて、彼と真直ぐに向き合った。
「どうぞ、幸せになってください。それが君のお父上の願いでもあるのです」
「父の、ですか?」
「ええ。お父上は君のことを・・・」
ジジイの話に、彼が耳を傾けている。
ふたりの間に割って入るなんて野暮な真似は、流石の取り巻きでもする気配はない。それに満足し、また邪魔をするのも悪いと思って元居た位置へとんぼ返りしたオレに、紅が声を掛けてきた。
「おかえり」
既に何本か空けているのだろう、壁に凭れ掛った紅の顔はいつもより上機嫌に見えた。
・・・多分、付き合いの浅い人間にはわからないだろうが、オレにはわかる。アスマと共に、紅とも随分長い付き合いになっているから。
その外見とは不釣合いである筈の、片手に握られた一升瓶が妙にしっくりと見えるのも、彼女がザルだと知っている所為だろうか。
なんて取り留めなく思っていると「まあ呑みなさいよ」と空いたコップを手渡され、紅の手ずから酒が注がれる。
並々と注がれた透明な液体と紅を交互に見た後、オレはそれを一気に煽った。オレは見てしまったのだ。『アタシの酒が呑めないとでも?』的な微笑みを浮かべる紅の顔を。こういう時の紅がおっかないのは、既に学習済みだった。オレとアスマなんかは特に。
辛口の大吟醸は上物らしく、鼻の奥に芳しい香を残しながらするすると心地良く喉を滑り落ちてじんわり胃の腑に染み渡る。それにほう、と息を洩らすオレに構わず、空いたコップにすかさず酒を注ぐ紅は茶化した風もなく言う。
「でもまさかアンタが結婚するなんてね。ずっと独りで居ると思ってたわ」
長い付き合いの分、紅はオレの事情もよく知っている。ずっと独りで居た理由も。特定の人間を作らずふらふらしていた頃には、よく酒の席で怒鳴られ、拳を振り回された揚句、懇々と説教までされた。
そして彼と付き合い出したことを知った時には「その内飽きて捨てられるんじゃない?」なんて軽口を叩きながらも心から喜んでいた、というのはアスマから聞いた話だ。
「うん、そのつもりだったんだけど。本当、人生って何が起こるかわからないよね」
「でも今、幸せなんでしょ。顔に書いてあるわよ、憎たらしい」
「・・・そう?自分じゃよくわからないんだけど」
毎日自分の顔は鏡で見ているけれど、違いなんてないように思えるのに。本当にわからなくて首を捻れば、ぱちぱちと幾度か大きく瞬いた紅がさも可笑しそうに笑う。
「自分じゃわからないものなのね。でも大事にしなさいよ。イルカ先生みたいな人、アンタには二度と捕まえられないんだから」
「そうだね。うん、ありがと紅」
「・・・アンタから礼を言われるとなんか気持ち悪いわ」
そう零して、手酌で自分のコップになみなみと注いだ酒を水のようにぐいと一息に空ける。何時にも増して男前な呑み方なのは、柄にも無いことを言って照れている所為か。よく見れば、頬がいつもより赤味を増している気もする。でもこれが紅なりの祝福の仕方だと思えば、微笑ましいものを感じる。きっとこういうところがアスマには堪らないに違いない。


「ちょっとイルカぁ、アンタ本当にカカシでいいのぉ?あーんな胡散臭い奴となんてさぁ!」


突然の大声に視線を遣れば、彼の首に腕を巻き付けてクダを巻くアンコの姿が目に入った。随分と酒が入っているらしく、その呂律はかなり怪しい。まさか酒癖の悪いことで有名なコイツも呼ばれていたとは、と思わず眉が顰まる。
ただそれ以前に、彼と顔が近いのが気になる。
お前、もうちょっと離れろよ。もしかしてオレに対する挑発行為か、それとも単に嫌がらせのつもりなのか。
オレがじりじりと焦れるような心持ちで彼とアンコの様子を眺めていれば、そこに割り込む人間がひとり。
「オイオイ、そんなこと言ってやるなよ。・・・でも確かにお前ならもっと良いの、いくらでも捕まえられただろうになァ。今からでも考え直した方が良いんじゃねぇの?」
にやにやと底意地の悪い笑みを浮かべた、妙に血色の良いアスマが言葉尻に乗っかっている。そして彼はといえば、酔っ払いふたりに挟まれ苦笑しきりの様子だった。
―――・・うん、アイツ等今度シメるの決定。
かなり大人げないことを大真面目に心の中で誓っているところで、彼が改めて口を開く。

「・・・まあ、考え直したとしても、オレにはあの人だけだと思いますよ?」

彼の言葉に、あれだけ騒がしかった店の中が急に水を打ったように静まり返った。その後に訪れたのは、キャーとかうおーという、悲喜交々混じった地鳴りのような叫びだった。
「うわー、ヤダヤダ!」
「さらっと惚気やがって!なんかムカつくな、オイ!!」
散々つつかれ、揶われる彼の方をオレは碌に見れないでいた。
あの人、なんであんなに男前なんだろう。オレの方が照れてしまうじゃないか。
「カカシ、愛されてるのねぇ」
どこかしみじみと言う紅にオレはますます照れ臭くなり、顔だけでなく耳にまで熱が集まるのを感じた。
ああもう、何だよちくしょう・・・嬉しいじゃないか、くそう!
なんて悔し紛れに思いながら彼の方を見遣れば、彼がオレを見てにっと唇の端を持ち上げたのがわかった。その顔はどこか得意気で、でも少し頬の辺りが緩んでいるようでもあって。それは正しくしてやったり、って顔だった。これでは良いところを全部彼に持っていかれているじゃないか。
その事実が悔しくて、オレも思わず叫ぶ。
「オレにもアンタだけですよ!」
するとすぐに「知ってます!」と返され、オレの顔の熱は上がる一方、店内の盛り上がりも最高潮へと達した。




その後も散々飲み食いしてから、宴はお開きになった。
これから二次会になだれ込むというメンバーとは別れ、オレと彼は家路についた。腹は十二分に朽ち、ふわふわと心地良く酒が回っている。
隣の彼も同じ状態らしく、先程元教え子達から貰った花束を大事そうに抱えてずっとにこにこしている。
歩くオレ達の行く道を先回りするみたいに、頭上に浮かぶ丸い月が柔らかな白金の光を注いでいる。その明るい光の中では隣を歩く彼のほんのりと酒気で染まった頬や目許がはっきりと見て取れる。
濃い緑の匂いが混じる空気は、傍らにある野原でさやかに鳴く虫の声を丸く包み込んでいる。これから夏に向かうにつれ、空気はもっと濃く、虫の声は賑やかに感じられることだろう。
そんな中で、「楽しかった?」と訊けば、はいと素直に頷いた彼は「それに嬉しかったです」とも言う。
「みんながね、オレ達のこと祝ってくれたから。幸せになれって言われてすっげぇ嬉しかった」


カカシさん、オレたちぜったい、ぜえったいしあわせになりましょうね!


彼が力一杯、近所迷惑なくらい声を張り上げて叫ぶ。
しかしその後、自らの声に驚いたみたいによろよろと足元を蹌踉けさせた。慌てて彼の腕を掴んだものの間に合わず、逆にオレまでバランスを崩す。結局、最後はふたりして野原に尻餅をついていた。
暫く尻餅をついたそのままの格好でぼんやりと顔を見合わせていたけれど、何故かその内どちらからともなく笑いが洩れた。なんだかこの状況がいやに間が抜けていて、可笑しかった所為もあるのかもしれない。
「なんだかなあ」と笑えば、「なんなんでしょうねぇ」と彼も笑う。
最初こそ声を潜めていたのに、互いの様子につられて自然と笑い声も大きくなっていく。それが妙に楽しいのは酒が回っている所為だろうか。
ふたりして腹の底から馬鹿笑いをした後、「帰りますか」と呼び掛ければ、「帰りましょう」と幾分笑いの残る声で彼が答える。
先に立ち上がったオレの手を取って彼が立ち上がると、繋いだ手はそのままに再び道を歩き出す。
いつもなら誰かに見られるかも、という恥ずかしさや照れ臭さが先に立つのに、今はそんな想いが綺麗にどこかへ消えてしまっている。手を離す理由も思い付かなくて、ならばこのままで良いじゃないか、とすら思う。今日のオレはいつもより大胆かもしれない。
繋いだ彼の手は乾いていて、とても温かい。指を絡めれば同じように絡められ、力を籠めたら同じように力を籠めてくる。
たったそれだけのことに、心が酷く浮かれる。まるで付き合い始めの頃に戻ったみたいにその何もかもが嬉しくて、楽しくて、オレまで彼のように大声で叫び出したい衝動に駆られてしまう。
それを抑えるべく、空いた手で口元を押さえていれば彼から「あっ」と声が上がる。
それに彼の視線を追えば、ふたりの後ろを付いてくる影がふたつぴったりとくっ付いているのが目に入った。それはまるで互いに寄り添うような形でもあった。
その様は影ながらあまりにも自然な姿に見えて。
オレ達は顔を見合わせたまま、そっと笑い合った。








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