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続いてゆく日々のいとしさ

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五月二日

漢方薬の専門店で、ドラッグストアで、薬局で、オーガニックの食材を扱う店で、スーパーで。『目に良い』と謳い文句のある品をオレは手当たり次第に買い込んでいた。
高かろうが安かろうが関係なく、半ばヤケクソのように手に取り、内容をよく確かめもしないで金を払い、受け取る。
そんなオレの様子に、裏通りにあった小さな看板ひとつだけでひっそりと店を構えた怪しげな薬屋のオヤジから。

「目に効くものを探してるなら、いいのがあるよ」

潜めた声で告げられた後、店の奥に仕舞われていた普段店頭には絶対出さない貴重な品、という代物を持ち出された。
ドス黒くてごつごつとした気味の悪い塊は一見すると木の根のようだった。しかし実際それが何なのか確かめることもせず、オレはあるだけ全部を買い込む。
そんなことを繰り返していれば、簡単に手荷物は膨れていく。
いつしか両手にはそれぞれ大きな紙袋が抱えられ、他にもぱんぱんに中身の詰まったビニル袋が押し合いへし合いしながら何袋も腕から垂れ下がっていた。
そんなものを持って歩いていれば、四方八方から容赦のない視線が突き刺さる。けれどオレは少しも気にならなかった。オレの頭の中にあったのは、兎に角目に良いものをひとつでも多く探して買い求めることだけ。その為なら金も労力も厭わないつもりだった。
でも、もしかしたら、彼を困らせてやりたい心も少しはあったのかもしれない。
だって彼はいつもオレに心配を掛ける。自分のことにはとことん無頓着で、何があっても常に後回し。その所為でどれだけ貧乏籤を引いてもへらりと笑っているような人。それで不特定多数の人間から良い人、と言われるよりもっと大事なことがあるだろう。

そんなことを思いながら大量の荷物を抱え、同棲している彼のアパートへ戻る。

するとオレの姿を一目見て、彼は黒目がちの瞳を一際大きく見開いた。それを無視して卓袱台の上とその周りに無造作に袋を置けば、今度は興味津々といった体で傍に寄ってくる。
袋の中身が気にはなるけれど、勝手に覗くのは如何なものか。
そんな面持ちでオレの顔を伺う相手に、開けてみなさいとばかりに顎の先で袋を示してやる。
それを見た彼はきらきらと目を輝かせ、いそいそと中身の検分を始めた。その姿はまるで、彼が受け持つアカデミーの生徒そのものだった。
時に目を剥き、時に顔を顰めながら、彼によって次々と空けられた袋の中身が卓袱台の上に出揃うと、そこにはうず高い山が出来ていた。
それを険しい表情で眺める彼に、きっぱりと告げる。
「これから毎日、これらを摂るように。大変目に良いそうですから」
オレの言葉に、彼は眉間だけでなく鼻にまで皺を寄せ、顔全体で嫌そうな表情を形作る。
それでも「いいですね、絶対ですよ!」と念を押すように告げれば、渋々のように「はぁーい」とおざなりな返事があった。
まったく、こういうところが彼らしいといえばらしいんだけど。
それに静かに息を吐いてから、オレは改めて口を開く。
「・・・でもね、目だけじゃなくて、身体も大切にして下さい。アンタにはずっと元気でいて貰いたいんです。誰より大事な人だから」
これはずっと思っていたことだ。誰より大事だから、彼自身ももっと自分を大事にして欲しいという、オレの願い。
オレの言葉を黙って聞いていた彼は、何故か口を大きくへの字に曲げた。そして怒っているとも照れているともつかない顔のまま、山の中から選び出したものを恐る恐るといった体で摂り始めた。
それを目にして思わずじーんと胸が熱くなってしまったオレは、不出来な子供を受け持つ教師の気持ちが少しだけわかった気がした。




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