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続いてゆく日々のいとしさ




五月七日

七班での任務が終わった後、綱手様より直々に呼び出しを受けて任務を言い渡された。
内容は火の国の国境近くに現れる野盗の殲滅。
それだけなら中忍でも事足りそうな内容ではあるのだが。
「野盗を率いる頭領が忍崩れらしくてね。特殊な幻術を使うそうなんだ。で、その回収を頼みたい。お前なら今晩出ても三日と掛からずこなせるだろう?頼んだよ」
こう言われれば、いつものオレならすぐに了承の意を伝えて任務の準備に取り掛かっていただろう。けれど今回ばかりは勝手が違った。
「・・・あの、コレはどうしてもオレが行かなきゃいけませんかねえ?」
オレの言葉に綱手様は眉を顰め、やや険しい口調で言う。
「当たり前だろうが。そうじゃなきゃわざわざお前を呼んでないよ。それともなんだ、行けない事情でもあるのかい?」
逆に訊ねられて、オレは仕方なく彼の目のことを切り出した。
いつ見えなくなるともしれないこと、その彼をひとりにするのは不安なこと、だから傍に付いていたいこと・・・等々。
するとオレの話を聞いていた綱手様は、ある時大きく溜息を吐いた。
「・・・いいかカカシ、イルカはいい歳した男でしかも中忍なんだぞ。仮に何かあってもそれくらい自分でどうにかするだろうよ」
いかにも呆れた、というその口調がオレとしては非常に心外だった。
だって本当に彼のことが心配で心配で仕方ないんだから。
だからこそオレは自分がそれについてどれだけ不安に思い、また心配しているかを切々と訴え続けたのだ。
それが彼是、三〇分ほど続いた頃だったろうか。
ある時、綱手様は拳で勢いよく執務机を叩いてみせた。
相当頑丈なものなのか机こそ割れなかったものの、その衝撃で室内の空気がびりびりと震えたのははっきりとわかった。
そして綱手様の顔に浮かぶ表情は引き攣りきって、まるで今にも般若のように角だの牙だのが生えてきそうな様子だった。
「あーもう煩い、寝言は寝てから言いな!つべこべ言わずにさっさと行って来い!これは火影命令だよ!!」
オレの思いをばっさりと斬り捨てられた上に、火影権限まで持ち出されては太刀打ち出来る術など無い。それに大層苛立っているらしい綱手様相手ではこれ以上の話し合いは無益だろう。
そう悟ったオレは、一応了承の意を告げて彼のアパートへと戻った。
すると今日が休みの彼は、畳の上に寝転がって本を読みながら「おかえりなさい」と暢気そのもののように言う。
その姿に肩を落としそうになるのをぐっと堪え、オレはきちんと正座をして彼と向かい合った。
「オレ、今日の夜から三日間の任務に就くことになったんです」
そう告げれば、漂う空気を察したのか漸く彼も姿勢を正してオレに向かう。心なしか室内に緊張感すら漂い始めたことに満足したオレは、ひとつ咳払いをしてから言葉を次ぐ。
「いえね、任務自体は難しいものじゃないんです。でも、オレが居ない間にアンタに何かあったらと思うと、もう本当に心配で心配で・・・!きっと居ても立ってもいられないと思うんで、任務に行くのを止めようかなと思ってるんですけど」
綱手様はああ言ったが、もし彼に行くなと引き止められれば後でどうなろうと本気で行かないつもりだった。
しかし目の前の彼は、綱手様と同じように眉を顰めて険しい顔をする。
「・・・オレのことはいいんで、任務に行って下さい。ひとりでも全然大丈夫ですから」
「大丈夫って。いざ見えなくなったらどうする気ですか!」
「それ、前にも言いましたけど本当に大丈夫ですから。それより行かなかったことでアンタが大変な思いをすることになったら、そっちの方がオレには辛いです。だから行って下さい・・・オレの為にも」
そう言ってオレの手を取った彼は、酷く思い詰めた顔をしていた。
「カカシさん」
お願い、と言わんばかりの、僅かに潤んでいるようにさえ見える瞳まで向けられれば、オレとしても行かざるを得ない心境になってくる。
オレが我侭を通すことで彼が悲しむのも戴けないし、それにいざとなったら忍犬も居るんだから、きっとどうにかなる・・・ハズ。
そう自分を無理に納得させる一方で、もしオレの留守中に何かあった時、彼の元に駆けつけてくれる人間が欲しいとも思う。
邪な気持ち無く、献身的に世話をしてくれそうな相手。
ひとりだけ心当たりがある。任務の前にアイツのところに寄ってみるか。
そんなことを考えながら、装備を整える。
今回は早々に片を付けられるよう、装備にはSランク任務ばりの仕込みを入れて臨むことにした。
・・・まあ、実際のランクはよりBに近いA、といったところなのだけれど。
そして出立前、彼はわざわざ玄関の外までオレを見送りに出てくれた。
それにも感激して、彼の手を握るとそのまま勢い込んで告げる。
「何かあったらすぐ式を飛ばして下さいね!オレ、任務を放り出してでも速攻帰ってきますから!!」
「あーはいはい、わかってますって。じゃあいってらっしゃい、ご武運を」
顔に笑みこそ浮かんでいるものの、どこかついでというかおざなりのように言われて、オレは少しばかり切ないものを覚えずにいられなかった。



彼の部屋を出たその足で、オレはすぐに目的の相手の所へと向かう。
夕闇の迫る中、家々の屋根伝いに辿り着いた先は彼んちとどっこいどっこいといった風情の古びたアパート。玄関に回るのが面倒だったのでベランダへと降り立ち、窓から室内の様子を覗う。
足の踏み場もないほど散らかった、汚部屋と呼ぶに相応しい室内は、オレと同棲する前の彼の部屋を髣髴とさせる。
彼もオレに言われなきゃ碌に片付けなかったんだよな。
まあ、今はオレが強制的に片付けているようなものだけど。
そのゴミ溜めのような部屋の中で、目的の相手であるナルトはテレビを見ていた。ナルトの目の前にあるテーブルには封の開けられていないカップラーメンがひとつ。
丁度お湯を沸かしている最中なのかもしれない。
で、沸くまでテレビを見て待っている、と。
・・・もしかして、いやしなくてもアイツはこれが晩御飯だったりするんだろうか。あれだけ口を酸っぱくして野菜を食えと言っているのに。
文句を言ってやりたい気分にもなったが、今はそれどころではないと思い直す。
邪魔するよ、と声を掛けて鍵の開いていた窓から不法侵入すれば、ナルトが「わっ!」と大声を上げた。
「な、何だってばよ、カカシ先生いきなり!」
次いで裏返った声を出すのに、オレは少々微妙な心境になっていた。
・・・いくら気配を消していたとはいえ、オレの存在に全く気付かないってのは忍としてどうなんだろう。
ただ、今は時間が無いのでその辺りは不問にして、用件を手短に告げることを優先させた。
「イルカ先生のことなんだけど」
「イルカ先生がどうかしたってば?」
彼の名前を出せば、ナルトは一際大きく反応し、すぐに食らいつく。
これが別の人間の反応ならしばき倒したくなっただろうが、ナルトなら不思議と許せる。
などとどうでもいいことを考えながら、彼の目について一通り、ナルトの頭でも理解出来るように順を追って話して聞かせる。
するとそれを聞いたナルトの表情が少しずつ曇ってゆき、最後には暗く沈んだ顔で俯いてしまった。
「目、見えなくなっちゃうのかイルカ先生。前に会った時、そんなこと一言も言わなかったのに。なんだよ・・・」
悔しそうに唇を噛んでいるナルトを見ながら、オレはなんとなくその時の彼の気持ちがわかる気もしていた。
心配させたくなかったんだろうな、ナルトには。
こういう顔するのが最初からわかっていただろうから。
うん、あの人はそういう人なんだ。
「・・・でもなんで、オレにそんなことを教えてくれたってばよ?」
その言葉ではたと現実に返ったオレは、漸くここを訪れた本来の目的を思い出した。
オレが任務で暫く居ないこと、その間に何かあったら困るので積極的に彼の様子を見に行って欲しいこと等を頼めば、ナルトは力強く胸を叩いてみせた。

「まかせろってば!何かあってもオレがイルカ先生の面倒全部見てやるって!!だって将来的にはそのつもりだったしなっ」

―――・・・頼もしいが、妙に引っ掛かる言葉だった。
将来的には、ってお前どういう未来を思い描いてるの?
問い質したい気持ちで一杯だったが、残念なことに今は時間が無い。
仕方なくもう一度、頼んだぞと強く念を押すに止めて、オレはナルトのアパートを離れた。





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