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続いてゆく日々のために

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五月二十四日

ナルトを誘って一楽へラーメンを食べに行くことにした。
「一緒に一楽って、久しぶりだってばよ!」
オレの隣を歩くナルトは幾分かはしゃいだ様子だった。
確かにふたりで一楽に行くのは久しぶりの気がする。ナルトがアカデミー生の頃は何かにつけ一楽に行っていたから余計にそう思うのかもしれない。
一楽までの道すがら、ナルトがアカデミー生の頃の想い出話を持ち出してきた。その話に相槌を打ちながら、オレもなんとも懐かしいような心持ちになる。
そんな中、共に連れ立って歩く商店街は人が多かった。
人波をすり抜けるように歩いている最中、誰かと肩がぶつかる。思わず踉いたオレの腕を、咄嗟にナルトが掴んで押し留めてくれた。
「先生、大丈夫か?」
「ああ、悪い」
「人が多いところは気ィ付けねぇとダメだってばよ」
オレを支えても揺るがない腕。もう細くて頼りのない子供の腕ではない。昔より随分背も伸びて、力も付いてきた。誰より小さかったこいつもいつの間にか随分逞しくなったと感じる。
「・・・お前、デカくなったよな」
「だろ?でもオレってばまだまだでっかくなる予定なんだって!いつか先生を軽く追い越すってばよ!!」
にっと笑う顔の輪郭は最早子供のそれではないように思える。その内、本当にオレは背でも力でもどんどんナルトに追い抜かれていくだろう。
それに少し寂しいような心持ちになる。でも、それでいいのだ、とも思う。いつまでも変わらないものなど、どこにもないのだから。
一楽の暖簾を潜ると、カウンターの隣り合う席に着く。
オレ達に気付いたテウチさんから「おっ、ふたり一緒なんて珍しいねぇ」と声を掛けられて、にししとナルトは嬉しそうに笑っている。その顔につられたみたいに、オレも頬が緩んでいく。
それからふたり共みそラーメンを頼んで――― 一楽はみそこそがメインだとオレ達は思っている―――出てくるのを待つ間、オレは今日呼び出した用件をナルトに告げることにした。
「なあ、ナルト」
「ん?」
「オレ、お前に話さないといけないことがあって」
ラーメンが出てくるのが待ち切れない、といった様子でカウンターの中を覗き込んでいたナルトが、オレの方に顔を向ける。
「なんだよ、どうかしたのか先生?」
昔と変わらない無邪気な眼差しを向けられて、つい口籠りそうになる。
いやでも別に疾しいことではないのだから、と己に言い聞かせつつ、どうにか心を奮い立たせる。
「オレな、カカシ先生と結婚した」
「え?」
ナルトが目を真ん丸くしている。妙に間の抜けたそれは正しく、鳩が豆鉄砲を食らったような、と表現出来る顔だった。その顔のまま、ナルトは幾度か瞬いた後。
「けっこん?」
「そう」
「カカシ先生と?」
「そう」
「・・・冗談だろ?」
「いや、冗談じゃない」
そう告げて、オレは手近にあったお冷を口にする。
その隣で、「マジかよ」と呟いたナルトが明後日の方向に視線を泳がせている。これが困っている時の癖だと、オレは十二分に知っている。
そりゃ、困るだろうし動揺もするだろう。オレのことも、あの人のことも、ナルトはよく知っているのだから。
それで以て、オレと彼が付き合っていたこともきちんと伝えてはいなかったのだ。なんとなく言い出せなくてずるずると今迄きてしまった部分は確かにある。それにまさか結婚なんてことになるとはオレも夢にも思わなかったし。
「でもお前には、ちゃんと話しておこうと思って」
ナルトには、元教師と生徒という繋がりだけではない、もっと深く近しいものを感じていた。卒業してからもこうして飯を食べに行き、アパートにまで来てくれる。オレのことを慕って、心配もしてくれる。だから今度こそオレの口からきちんと話さなくてはならないと思ったのだ。
オレの言葉にナルトは暫く黙りこくっていたけれど。
「・・・先生」
「なんだ?」
「もしも、もしもだけど」
「うん」
「もしもカカシ先生がさ、イルカ先生を悲しませることがあったら」
「うん」
「オレ、ぜってぇカカシ先生をぶっ飛ばすから」
「うん」
「そしたらさ、先生はオレのところに来ればいいってばよ!オレってば先生の面倒くらい余裕で見られるし!!だからさ、ちっとも心配しなくていいから」

しあわせになってくれってばよ

ぽつり、と零された言葉にじわりと胸が熱くなる。
いつの間にこいつはこんなことを言えるようになったんだろう。
ずっと子供だとばかり思っていたのに。
気を抜いたらうっかり泣きそうで、オレは少しばかり顔を上向けて瞬きをする。
「・・・ありがとな」
「ん」
ナルトは短く言ってカウンターに置かれたお冷のグラスを見つめている。その耳のふちが少し赤いのは気付かないでおくことにする。これはお互い様ってヤツだろう。
「はいおまちどうさま、みそ二つね!」
どこか擽ったいような空気が流れる中、テウチさんが出来上がったふたり分のラーメンを置いてくれる。そこでふと、いつもより載っているチャーシューの枚数が多いのに気付いた。これだとチャーシューメンの量だ。
驚いてテウチさんを見遣れば、オレ達を見てうんうんと頷いている。向けられる眼差しはどこまでもやさしい。
・・・なんだか照れ臭い気分だった。でも決して悪い気分では、ない。
隣のナルトを見遣れば、まるで擽ったいのを堪えるみたく顔付きでオレを見ている。オレもきっと同じような顔をしているに違いない。
「さて、冷めない内に食うか」
「おう!」
ぱちん、と手を合わせるとふたり揃っていただきます、を言う。
そうしてラーメンを食べていると、不意にナルトが零す。
「そういや、先生達は結婚式とかしねーの?」
「んあ?しねぇよ」
「なんで?」
「いや、なんでってお前・・・」
純粋に疑問だといわんばかりの顔で訊かれて戸惑わずにいられない。確かに子供の頃は好き合って結婚する相手とは必ず結婚式をするものだって思っていたけれど。
でも考えてみて欲しい。
野郎同士で結婚式なんて薄ら寒いというか・・・どの面下げて皆の前に立てというんだ。そんなのは罰ゲーム以外の何物でもない。実際、式に呼ばれた方の人間も気拙いだろうしな。
・・・でもナルトはそんな理由では納得しないだろう。今だって理由を聞かせろとばかりにじっとこちらを見つめているのだから。
どうにもこいつは一般常識的なものに疎くていけない。が、正直に理由を話すのもなんとなく躊躇われてしまう。
「オレもカカシ先生も大袈裟なことは苦手なんだよ。それにほら、式なんて堅苦しくて面倒なだけだしな」
「えー、そうなのか?」
「そうだぞ。お前ももう少し大人になればわかるって」
あくまで不満げなナルトにそう告げて、オレはみそラーメンを啜る。それでも何か言いたそうにしている相手に。
「ほれ、早く食べねぇと麺のびるぞ」
促せば、慌てたようにラーメンを食べ始める。
昔と変わらないその様子と無事誤魔化せたことに安堵しつつ、オレもラーメンと向かい合った。




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