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続いてゆく日々のために

17




五月二十九日

朝、珍しく彼はオレより先に起きていた。
「おはよう。ねえ、オレの顔が見える?」
ベッドに肘を付いて上半身を僅かに起し、オレの顔を覗き込むようにしながら訊ねてくる。
カーテンの引かれた薄暗い室内でも目を惹く銀髪に、左右で色の違う宝石のような瞳。
通る鼻筋に、薄い唇。
頭上にある色褪せたカーテンの隙間から細く伸びる一筋の光が、その秀麗な顔の上を横切っている。
光を弾く白い肌の眩しさに目を眇めるようにしながら、それでも彼の顔にあるパーツをひとつひとつ確かめる。
・・・うん、全部見えている。
頷けば、彼はどこかほっとしたように表情を緩めた。
それを見て、嬉しいような寂しいような、安堵したような不安なような、そんな感情が綯い交ぜになって一気に胸へ押し寄せてくる。
彼に縋りついて思い切り泣きたいような心持ちにもなったけれど、本当にそんなことをすれば彼が困るとわかっていたから、しなかった。
目が見えなくなる。
言葉にすればたったそれだけのこと。
でも実際はそれだけでは済まないのだ。
今迄見ていたものが見えなくなる。
普通に出来ていたことが出来なくなる。
それでも変わらずに暮していかなくてはならない。
その為に、不自由になった分を補わなくてはならない。
彼の手を借りて、彼に迷惑を掛けて。
オレはこれから生きていかなくてはならないのだ。
―――・・本当にオレはこの人の傍に居ていいのだろうか?

「長く、見えているといいね」

ぽつり、と彼が呟く。まるでオレの心を見透かしたように。
次いで子供にでもするみたいにそっと頭を撫でられる。
そうされて、オレはますます泣きたいような心持ちになった。
だからその衝動が収まるまで彼の胸元に額を寄せて固く瞼を閉じていた。
その間、彼は何も言わずにオレの頭を撫でていた。








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