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続いてゆく日々のために

2



五月二日

彼が両手一杯に、紙袋やビニル袋をいくつも抱えて帰ってきた。
それらが居間の卓袱台とその周囲に置かれれば、どさりと重たい音がして、中でかちゃかちゃと硝子らしきもののぶつかり合う音が聞かれる。
・・・この中、何が入っているんだろ。
まじまじと袋の数々を見つめて考えていると、視線に気付いたらしい彼が無言のまま顎でそれらを指し示してくる。
その所作を了解の合図と取って、オレは興味津々で中身のみっちり詰まった袋の検分を開始した。
袋の中からは、茶色やら緑やら、大きいものに小さいもの、兎に角色んな瓶に入った数多の薬―――それはどろどろと澱んだ鈍色の液体だったり、とりどりの色を成す奇妙な錠剤だったりした―――や、一体何の植物から採取されたのかわからない、正体不明の乾燥した根っこなんかがごろごろ出てきた。
袋に詰まったものを出し切った後には、卓袱台の上に山が出来るほど。
これらをどうしたのかと訊ねれば、全部彼自ら買ってきたのだと言う。
なんか凄い量だけど・・・一体何をするつもりなんだろうな、この人。
そんなことを思うオレに、有無を言わせぬ調子の声が掛る。

「これから毎日、これらを摂るように。大変目に良いそうですから」

え、これ全部オレ用?ていうか本気で言ってるの、それ。
恐る恐る彼の顔を伺ってみたが、冗談を言っている様子はなかった。
只管に大真面目な顔が真っ直ぐオレに向いている。どうやら彼は本気らしい。
しかしこれだけの量になると、店で「目に良い」と言われたものを手当たり次第に買ってきたのではないだろうか。ただ、オレの場合目は遺伝的なものだからこれらを摂ったところで所詮気休めにしかならないのに。
それよりこれらを毎日って。
うぇ、面倒臭っ!なんて思っていたら。
「いいですね、絶対ですよ!」
見透かされたように強い口調で言われる。
・・・ずっと思っていたのだが、彼はオレを子供か何かと勘違いしている節がある。
以前、毎日のように早朝出勤と残業とを繰り返し、休みも碌に取れないくらい仕事が詰まっていた時期があった。
勿論自炊する余裕なんて皆無で、毎日ラーメンやコンビニ弁当を食べていた。それをうっかり彼に知られてしまったことがある。
「そんなの、栄養が偏るじゃないですか!忍は身体が資本なのに!!」
ひとしきり叱られた後、オレの元には毎日のように彼の手作りと思しき弁当や惣菜が届けられるようになったのだ。
しかもそれがまた、吃驚するほど美味しかった。しっかりと手間暇掛っていそうな惣菜の数々を前に、オレは彼のことをうっかり『母ちゃん』と呼んでしまいそうになったくらいだ。
それから、オレをひとりにしておくと心配だと言い出して、オレのアパートで同棲するまでになったんだったか。
「放っておけないんですよね、アンタは」
この台詞は、最早彼の口癖になっていると言っても過言ではない。
でも放っておけないと言われても、オレだってもう十分いい歳だっていうのに。彼の中でオレってどんな扱いなんだろ。
なんて思考を明後日の方向に飛ばしていたら。

「でもね、目だけじゃなくて身体も大切にして下さい。オレ、アンタにはずっと元気でいて貰いたいんです。誰より大事な人だから」

・・・いつも口煩いくせに、こうして小出しにオレの心をぎゅっと掴むようなことを言うからこの人は狡い。
どこまでも真摯に告げてくる相手に、オレはすっかり負けた気分になる。
そうしてオレは、目の前の山を全制覇することを自ら決めたのだった。





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