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続いてゆく日々のために




五月五日

いつの間にかオレに忍犬が付けられていた。
アカデミーの渡り廊下で手に持っていたプリントが風に飛んだのを、忍犬が口で拾ってくれたのだ。
どこかで見ていたとしか思えないタイミングの良さと、へのへのもへじの紋様が施された、いやに目立ついでたちをした犬なんて彼の忍犬以外にありえないだろう。
実際、プリントを拾ってもらったのはとても助かった。それは今度のテストで使う大事なものだったから。
でも正直、忍犬を見て物凄く腹が立ったのも事実。
前日、オレの身が心配だと半ばストーカーのように付き纏っていた彼に、はっきり止めてくれ≠ニ言ってやったばかりなのだ。
また、その時彼から吐かれた暴言がオレは許せないでいる。
それはオレの人格を根底からあっさり全否定するような・・・まあ、敢えて内容に触れるのはよそう。なにせ胸クソ悪いから。
しかし止めろと言ったにも関わらず、今度は忍犬を付けてくるなんて。
そんなにオレは頼りないか!内勤の中忍だからって馬鹿にするなよ!?
プリントを受け取ったオレは、再び職務に戻ろうとした忍犬を呼び止めそのまま目の前に座らせた。
そして心持ち詰問調で問い掛ける。
「・・・オレに付けと誰に言われたんだ。カカシさんか?」
忍犬は答えない。じっと上目遣いでオレを見つめるだけだ。
忍犬は耳と尻尾を伏せた格好で、ぐっと口元を引き結んでいる・・・ようにオレには見えた。いかにも言いません、といわんばかりの態度にこれは長期戦になりそうだと覚悟を決める。
「なあ、正直に言えよ。今なら怒らないぞ」
懐柔させるつもりで優しく言っても、忍犬はのってこない。
ならば最終手段。
「教えてくれなら仕方ない。カカシさんに直接訊いてみるかな」
そこで忍犬ははっとした顔付きになった。どうやら弱いところを突けたらしい。
さてどうでるか、と忍犬の様子を眺めていたら。

「カカシ、イルカ、シンパイ!」

忍犬は片言で、吠えるように言った。どうやら彼の忍犬でも流暢に喋れる奴ばかりではないようだ。
でもシンパイって、あの人はオレのことを何だと思っているんだ!そこまで落ちぶれちゃいないっての!!
オレが盛大に顔を顰める前で、忍犬は尚も懸命の様子で言い募る。

「カカシ、イルカ、スキ! カカシ、イルカ、シンパイ! カカシ、イルカ、ダイジ! カカシ、イルカ、シンパイ! カカシ、イルカ、アイシテル! カカシ、イルカ、・・・!」

こんな訴えを延々と聞いている内に、なんだか妙に気恥ずかしいような、照れ臭いような心境になってくる。
繰り返し第三者(というか第三犬?)からいろいろ言われるというのは、案外ボディブローのように地味にじわじわと効いてくるものらしい。
・・・まあでも、本当はオレもわかっているんだけどな。
あの人は超が付くほどの心配症で、オレに対して滅法過保護で、オレのことを馬鹿みたいに大事に思っているというのも。
「もういい、わかった。わかったから」
黙らせるつもりで、オレは忍犬の頭を撫でてやった。こうなれば完全にオレの負けだ。
彼のことだから、予めこうなることを見越した上で忍犬を付けたのではないかとすら思えてくる。
硬く短い毛を掻き回すように撫ぜてやっていれば、忍犬は伺いを立てるような目で以てオレを見た。
「イルカ、カカシ、イウ?」
「カカシさんには言わないよ」
それに忍犬の顔は一気に晴れやかなものとなった。
「でも、あんまりアカデミーや受付所では出てくるなよ?」
一頭辺りが上忍並みの実力を持つと噂される彼の忍犬ではあるが、流石に里内で忍犬に見守られる中忍って微妙だ。
それに、同僚や生徒にも示しがつかないし。
オレの言葉に忍犬は大層嬉しそうにわん、と一声鳴いた後で、今度はごろりと地面に寝転がった。
しかも急所である筈の腹を堂々と見せ、もっと撫でろと言わんばかりにオレを見ている。


・・・なあ、それでいいのか忍犬よ?






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