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続いてゆく日々のために




五月七日

「オレ、今日の夜から三日間の任務に就くことになったんです」
アパートに帰ってくるなり、彼が深刻な顔付きでオレの前に正座した。
・・・何か問題のある任務なのだろうか。
危険度が高いとか、彼の実力を以てしても内容的に難しいとか。
丁度畳に寝転がっていたオレは、すぐさま姿勢を正して彼と向かい合ったのだが。
「いえね、任務自体は難しいものじゃないんです。でも、オレが居ない間にアンタに何かあったらと思うと、もう本当に心配で心配で・・・!きっと居ても立ってもいられないと思うんで、任務に行くのを止めようかなと思ってるんですけど」
さらりと問題発言をされて、オレはすっかり言葉に詰まってしまった。
忍にとって任務とは絶対履行の責務である。それを個人の我侭で、勝手に放棄出来るものでないことぐらい彼にだってわかるだろうに。
仕方がないのでオレはなけなしの脳ミソをフル回転させた。
彼を必死で宥めすかし、最後は泣き落としでもって説き伏せ、どうにか任務へと追い遣ることに成功した。
ただひとつ、送り出す際に告げられた言葉が少々気に掛っている。

「何かあったらすぐ式を飛ばして下さいね!オレ、任務を放り出してでも速攻帰ってきますから!!」

―――・・・心配性なのは十二分に知っているが、流石にここまでなると病気の域ではないだろうか。
それでも、もし何かあっても式だけは飛ばすまいと心に誓っているところで、玄関の扉が叩かれる音。
まさかあの人・・・戻ってきやがったのか!?
思わず身構えたところで、予想とは異なる声が耳に届く。
「おーい、イっルカせんせー!」
馴染みのあるその呼びかけに、オレはすぐに玄関へと向かう。
扉を開けると、そこには予想した通りの顔があった。
「よっ、久しぶり」
そう言って、ナルトがにっと歯を見せて笑っている。
昔と少しも変わらないその顔に、オレも自然と笑みが零れる。
「おう、久しぶりだな!なんだ、今日はどうした?」
最近では任務や修行が忙しいのか、滅多にアパートへ顔を見せることも無くなっていたのだ。嬉しい反面、何かあったのかと少しばかり心配にもなる。
その思いが顔に出ていたのか、ナルトは慌てた様子で口を開いた。
「あのさあのさ、オレってばカカシ先生にイルカ先生の面倒見ろって頼まれてさ!」
そう一気に捲し立てた後、今度は心持ちオレから視線を逸らして呟く。
「・・・それに、オレも先生に会いたかったし」
幾分照れ臭そうな様子を目にして、つい口元が緩む。
それにしても、まさか彼が自分の代わりをナルトに託していたとは。
手回しの良さに驚くやら呆れるやらだったが、久しぶりにナルトに会えて嬉しい気持ちの方が強いので、あまり深く考えないことにする。
こんなことでもなきゃ、ナルトも訪ねては来なかったんだろうし。
「うっわー、全然変わってねぇってばよ!」
部屋に上がるなり、ナルトはどこか懐かしそうに言う。確かにナルトがこの部屋を訪れていた当時から室内には殆ど変化がない。
「でも部屋ん中は前よか綺麗に片付いてるよな」
・・・余計なひと言も忘れないのがナルトらしい。
確かに、片付け魔と呼んで差支えのない彼のお陰で、以前に比べると部屋が見違えるほど綺麗に片付いているのは否定出来なかった。
きょろきょろと室内を粗方確認し終えたと思しきナルトは最後に、慣れた様子で居間の卓袱台の前に腰を下ろした。
「先生、オレ腹へったー」
催促するようにオレを見上げてくるのに、思わず苦笑いが洩れる。
勝手知ったる何とやらだな、なんて思いながら、オレは冷蔵庫の中に残ったあり合わせの材料で焼き飯を作った。ナルトがこの部屋を訪れていた時にはラーメンと並んでよく作ってやったひと品でもある。
ご飯がダマになっていたり、具の大きさや味付けが均等になっていなかったりと正しく男の料理、といった格好だが、ナルトはこれを喜んで食べていた。
あの当時から少しも上達していないと丸わかりのそれを出してやれば、ナルトの目はきらきらと輝いた。そしてすぐさま口一杯に頬張る姿はなんとも微笑ましい。
「あー、やっぱイルカ先生の作る焼き飯は美味いってばよ!」
「まだお代わりあるからしっかり食えよ」
なんて親のように声を掛けてしまうのは仕方ないだろう。
そうしてお代わりした分の焼き飯も綺麗に平らげたナルトに、食後のお茶を出してやる。すると湯呑みを受け取ったナルトは、その後で少しばかりこちらを窺うような眼差しを向けてくる。
それに首を傾げたところで、ナルトが意を決したように口を開いた。
「なあ、イルカ先生」
「ん?」
「目、見えなくなっちゃうって・・・本当か?」
恐らく彼から聞いているのだろう、怖いぐらい真剣な瞳を向けられる。
オレを見つめる真直ぐな青い瞳。
彼の瞳が深い海の色なら、ナルトの瞳は空の色。
まるで夏空のように鮮やかに澄んだその瞳の前で嘘は吐けないと思う。
オレが頷くと、ナルトの表情は俄かに曇った。
「・・・でもオレ、イルカ先生に見てて欲しいんだ。オレが火影になるところとかさ。オレってば今でもすっげぇ格好良いけど、その時は絶対、もっとずーっと格好良くなってるってばよ!」
声の調子だけ聞くと冗談を言っているようにも聞こえるのに、ナルトの顔は真剣そのものだった。
―――・・・ああ、コイツはコイツなりにオレのことを心配してくれているんだな。
そう思えば、胸があたたかなもので一杯に満たされる気がした。
「だからさ先生、目を大事にしてくれってば。先生さ、すぐ無理するだろ?そういうのダメだって」
「おう、気を付けるよ」
「そういやさ、テレビなんかでよくやってる紫のちっちゃいヤツ。えっとブ・・・ブルーベリー?だっけ、アレとか食べろってば!それか、えーっと・・・なんだっけ・・・?」
一生懸命頭を捻っているらしいナルトは大層真面目な様子だった。
でも、その言動や考え方がどうしても彼のものと被っているように思えてならない。
大体、彼も同じこと言いそうなんだよな。現にいろいろ買い込んできているし。こういう時、師弟だというのを妙に実感させられる。
思わず噴出したオレを見て、ナルトは大きく顔を顰めてみせた。
「先生、いきなり何だってばよ!オレが真面目に話してるってのに!!」
昔と変わらない仕草でぷうっと頬を膨らませるのを見て、ゴメンゴメンと謝りながら。
「お前、カカシ先生に似てきたな」
そうしみじみと告げれば、ナルトは渋い顔をしてぼそりと零す。
「・・・何かそれ、すっげー微妙だってば」
心の底から嫌そうに言うのを聞いたオレはまたしても噴出してしまい、その後ナルトから大いに怒られるのだった。





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