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続いてゆく日々のために




五月十七日

アカデミーの野外演習中に、うっかりしていて沼に落ちた。
何のことはない。木の上に設置されていたトラップを点検している最中にバランスを崩し、枝の代わりに宙を掴んでしまった、というだけの話。忍としても教師としてもこの上なく格好悪い。
しかも沼にはびっしりと緑の藻が生え、どこからか持ち込まれたと思しきゴミが浮き、また見事な異臭を放っていた。その中にダイブしたのだから・・・惨状はといえば想像に易いだろう。水を飲まなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
ただ、こんな時に限って着替えを置いていなかったから、どろどろのびしょびしょで帰宅、という憂き目にも遭っていた。
異臭を放つ濡れた服が肌にぴったりと貼り付き、風に吹かれると身体が冷えて仕方ない。まだ水浴びをするには早い時期だった。
一刻も早く風呂に、と心持ち帰途を急いでいるところで、背後から声を掛けられた。
「イルカ先生!」
振り返った先にはサクラが居た。サクラはオレを一目見なり、あからさまにぎょっとした顔付きになった。
「・・・どうしたの先生、なんだか男ぶりが上がってるわね?」
「ちょっとドジっちまってな。季節先取りの水浴びってところだ」
「もう、気を付けて下さいね。先生若くないんだから」
何気ないだろうサクラの言葉にちょっと、否結構ざっくり刺さるものがある。・・・なにせ自分ではまだ若いつもりでいるから、余計に。
しかしまあ、この年頃の子から見ればオレなんかは最早おっさんの分類になってしまうのだろう。
「ははは、面目ない」
乾いた笑いと共に鼻の頭を掻いているところで、サクラはふと真面目な顔になった。
「先生」
「ん、どうした」
「ナルトから聞いたんだけど」
気遣わしげな表情に、オレはサクラが何を言わんとしているかを悟る。
「・・・目のことか?」
「うん。見え難くなってきているんでしょう?」
確かに、以前より目が見え難くなってはきていた。
今日だって咄嗟に木の枝を掴めなかったのは、一番近くにあった枝をはっきりと目で捉えられなかったからだ。咄嗟の危機回避が出来ないのは忍として致命的だろう。それに最近、アカデミーでもひやりとすることが多くなってきた。そろそろ、自分の進退を考えるべき時期にきているのかもしれない、と思う。
それでも目の前で心配そうにオレの顔を見上げるサクラに、にっと笑ってみせる。
「大丈夫、まだ見えてるよ。サクラのかわいい顔もばっちり」
殊更明るく言えば、サクラは少し呆れたように「先生オヤジみたい」と零しはしたけれど。
「でも、本当に大事にしてね。そういえば緑色って目にいいらしいわよ」
緑色。
緑色と聞いて咄嗟に頭に浮かんだのは、先程ダイブした沼の色だった。たとえあれが目に良かったとしても、先生二度と飛びこみたくはないなぁ・・・。
「それと、足の裏には目に効くっていうツボがあるらしくてね」
その話を聞きながら、オレは目の前のサクラに彼とナルトの姿が重なって見えて仕方がなかった。一生懸命喋っているのに悪いと思うのだがどうにも既視感が拭えない。同じチームで長くやっていると、いろんな部分で似通ってくるものなのだろうか。
「・・・お前もナルトも、カカシ先生に似てきたな」
何気なく零せば、それを聞いたサクラは大きく目を剥いた。
「止めてよ先生、ナルトもだけどカカシ先生に似てるなんて最悪だわ!」
心外だと言わんばかりにぷりぷりと怒り出す。そんなサクラを宥めるのにオレは暫く往生させられるのだった。
しかし女の子って奴はどうしてこう扱いが難しいんだろうなぁ。






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