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続いてゆく日々のために




五月十九日

今日から、受付所専属になった。
誰かに言われたのではなく、自ら願い出てのことだった。
以前より目が見え難くなっていたことと、先日の沼に落ちた一件で踏ん切りがついた。このまま症状が進行すればアカデミーで教鞭を取るのは難しくなる。丁度良い機会だと思ったのだ。
この話は前から上の人間にしていたし、引継ぎもある程度は行っていたから、役職移動は呆気ないほど簡単に行われた。もっと何かしら大変だろうと思っていたのに、でも実際はそんなものなのかもしれない。
なんとなく、現状に心が追いついていない気はするけれど。
教師になるのは子供の頃からの夢だった。
自分が生徒の頃に教わった先生に憧れて教師になったクチだったから、試験に合格し晴れて教師になった時は本当に嬉しかった。
大変なことも多かったけれど、子供達の成長を傍で見守るのは喜ばしく、同時に誇らしくもあった。教師は天職だと、オレは本気で思っていたほどだ。
でもこのままだと子供達にも同僚にも迷惑を掛けるとわかっていたから、仕方がないと自分を納得させた。受付所ならば、書類の文字が見えている間は何とかこなせるから。
それと最近、見えなくなった後の訓練も彼と共に始めている。
目隠しで目を塞いだまま杖を頼りに道を歩いたり、点字の読み方を覚えたり。
少しずつ、見えなくなることに向かって物事が進んでいく。

「アンタは怖くないの?目が見えなくなるのに」

ある時彼に訊ねられて、オレは昔同じような質問を父にしたことを思い出した。
―――目が見えなくなるって怖いこと?
その問いに、父は少し考える素振りをみせてから言った。
「んー・・・目が見えなくなったら大変なことも多いからなぁ。でもな、怖いと思ったりはしないぞ」
どうして?
そう訊ねた時、オレの身体は逞しい腕に軽々と抱き上げられていた。
すぐ近くに優しい目をした父の顔があり、また父からは心地よい日向の匂いがしていた。
「なにせ目が見えなくなったからって、そこで人生が終わる訳じゃないんだ。今までと同じ暮らしがあって、お前と母さんも居て。新しい出会いや別れもあるだろう。嬉しいと思うことも、多分悲しいと思うことも変わらずにずっとある」
そう言って言葉を切ると、父はオレの顔を覗き込んだ。そこには人好きのする、オレの大好きな笑顔があった。
「目が見えなくなって変わることも多いが、それを怖がってばかりいたらつまらないだろう?何があってもきっとどうにかはなっていくモンだ。見えなくなったらなった時考えりゃいい。それに、オレにはお前や母さんが居るから怖がってる暇なんてないしな」
お前達の為に頑張って働かにゃ、なんて言いながら豪快に笑っていた。
そんな父が居たから、オレは失明することをそんなに怖いと思っていないのかもしれない。
だからこそ彼にも怖くありませんよ、と告げた。
きっとどうにかなる、とも。
その思いに嘘はない。
それに、彼が言ってくれたから。

「オレはね、アンタが死ぬまで傍に居るって決めてるんです!もし仮にオレが先に死んだとしても、幽霊になってでも傍に居座るつもりなんですから!!離れる気なんてこれっぽちもないから覚悟してなさいよ!!!」

失明すると決まった相手の傍になんて、好き好んで居たがる人間も居ないだろう。彼がこれを機に離れていっても仕方がない。
心のどこかでそう思っていた分、彼の言葉が何より嬉しかった。
だから夕飯の時間に、彼に受付専属になったことを告げた時にも言ったんだ。
「アンタは傍に居てくれるんでしょう?幽霊になっても」
たとえオレが教師でなくなっても。
―――・・その内、オレが忍ですらなくなったとしても。
それに「勿論です!」と答えてくれた彼に、オレは何より救われた心持ちになった。
その時少しばかり泣きそうになったのは・・・彼には絶対秘密だ。






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