モドル | ススム |

● If a wish Comes true --- 【wish I】 ●





「・・・たく、本当に信じらんねぇッ!」



心の声が実際に怒声として口から出ているのに気付き、オレは咄嗟に口を手で押さえて周囲を窺う。
どうやら周囲に人影はなかったようで一旦は胸を撫で下ろすも、すぐにこんな状況を作った相手に対して無性に怒りが込み上げてきた。
大体、「オレを置いて行くんですね」とか「もうオレを愛してないんだ」とか「淋しくて死んじゃうかもしれない」とか「一刻も早く帰ってきて」とか。
散々鬱陶しくごねたのは全部向こうなんだ。それで綱手様にイヤミともセクハラともつかないことを言われながらどうにか予定より早く帰ってきてやったというのに。
―――よりにもよって、オレのアパートで誰かを押し倒してるってどういう了見だ?!
あのアホ、何が「誤解ですー!」だ、あの状況を目にして誰が信じるかっつーの!ああ、今思い出してもムカっ腹が立つ!!
オレは手に持っていた弁当入りのビニル袋を力一杯振り回していた。後で蓋を開けたら中身がぐっちゃぐちゃで、大層がっかりする羽目になったとしても構わない。腹の底から湧き出でた烈しい怒りは今や全身に渦巻き、一向に収まる気配を見せなかったのだ。


あの後、暫くドアの前に居座っていたカカシ先生がどこかに去るまでオレはアパートの中に篭城した。
もし一目でも顔を見たら、弁解の余地すら与えず、足腰が立たなくなるまでボコボコにしていたと思う。他里にまで名の知れ渡る高名な忍であるハズの人は、オレの前だといつもそれが疑わしくなるような言動や行動しかしないから、オレも一切容赦しない。
・・・ただ、もしかしたら本当はそういうのを全部わかってて甘んじて受けてくれているのかもだけど。
と、今はそんなことは横に置いておくとして。
オレはそれほど強い憤りを感じており、同時に非常に腹も減らしていた。
本当は帰ってから一緒に飯でも食べに行こうと思っていたんだ。淋しがらせたお詫びも兼ねて。・・・でもまあ今更だけどな!
仕方がないから、何かないかと冷蔵庫を覗いてみたが、中にあったのは調味料くらい。目ぼしいものは何ひとつとしてなかった。
そういえば三週間の予定だったから行く前にきれいにしておいたんだった、というのを思い出して、またうっかりイライラムカムカしてしまう。
くそ、どうせならあのまま期日まで逗留すればよかった。温泉も最高に気持ち良かったし、綱手様に付き合って口にした酒や料理も申し分なかったし。土産も買ってくるんじゃなかった、と苛立ちついでにそれを火遁で燃やしてやったが、怒りは未だ収まらない。
これは多分、腹が減っている所為だ。だから余計にイライラムカムカするんだ。
そう結論付けて、オレは気分転換を兼ねてすぐに口に出来そうなものを求めて外へ出たのだ。


よく行く弁当屋で、いつも選ぶものよりお高めの『デラックスヒレカツ弁当』なるものを買い求める。
この分の支払いは何があってもカカシ先生に回してやる、と心に決めてアパートまでの道を勇んで歩いていると、ふと視界の隅に映り込む白っぽいもの。足を止めて地面に転がっていた塊に目を遣れば、それは大層立派な桃だった。
何気なく拾い上げれば手にしっかりとした重みを感じ、甘い香がふわりと漂う。それは文句なく良い匂いだった。
誰かが落としたのかな、なんて思いながら傷一つない桃を目の高さまで持ち上げる。
しげしげとそれを眺める間に、桃を元の位置に戻してそのまま去る、ということが難しいように感じられた。
桃がまるで誂えたみたいに掌へぴったりと具合良く収まっている所為もあるのだろうが、手から離してしまうのが惜しい心持ちになったのだ。
でもまあ、ここで見付けたのも何かの縁だろう。このまま放っておいても腐るか誰かに潰されるかだろうし。
・・・いやだからって、別にオレがイヤシイって訳じゃないからな、などと誰にともなく言い訳しながら、オレは桃をアパートへ持ち帰った。
そして部屋に戻ると卓袱台に弁当を置き、ついでに桃も一緒に置こうとして皮に付いた砂が目に入った。
オレはすぐに傍にあったゴミ箱を引き寄せると、その上で砂が付いている部分を指で擦る。
すると掌中の桃がいきなり強い光を放ち、眩いばかりに輝き始めたのだ。
突然のことに驚いてゴミ箱の中に桃を取り落としてしまったが、それでも光の止む気配はない。それに思わず目を眇めていれば、いつしかオレの目前に人影らしきものが佇んでいるのに気付いた。
って、いつの間に!気配なんて全然感じなかったぞ?!
慌ててそこから距離を取って、オレは身構える。
その中で、徐々に収まっていく光の奥から姿を現した人物に、己の顔が自然と顰まっていくのがわかった。
何故なら、そこに居たのは先程叩き出した筈のカカシ先生で。
しかもフルヌードで前方の大事な部分だけを申し訳程度に葉っぱで隠す、といういでたちだったからだ。しかもその片脚をゴミ箱に突っ込んでいるのを見るにつけ、この人一体何のつもりなんだろうと頭が痛くなった。
しかしながらオレが睨みつけても、カカシ先生は頓着した様子もなくにっこり微笑んで「はじめまして、ご主人様」と宣った。
但しその後、オレの顔をまじまじと見るなり、急に血相を変えてこう言ったのだ。
「お前・・・黄桃か!?」
「は?きいもも??」
意味がわからず訊ね返すも、カカシ先生は聞く耳持たずといった風に一方的に捲し立ててくる。
「お前どこに行っていたんだ!急に居なくなってずっと心配していたんだぞ・・・!!」
そう言うとオレに向けて両腕を伸ばし、ゴミ箱から足を抜くというよりはゴミ箱を蹴落とす勢いで迫ってくる。その腕から、オレは咄嗟に身を躱していた。なんとなく、カカシ先生の妙ちくりんなテンションに恐ろしいものを感じたのだ。
オレの知っているカカシ先生はおかしな人ではあるが、いつもとおかしさの種類が違う気がする。それにさっきから言っていることの意味がさっぱりわからない。けれどそんなオレの振る舞いに、カカシ先生は明らかにショックを受けたような表情を見せた。
「どうしたんだ黄桃、あの時のことをまだ怒っているのか?確かにあの時はオレも悪かったと思う。でも、お前があまりにも可愛いからつい・・・我慢が出来なかったんだ!」
うっわナニ、なんかおかしなこと言ってませんか、この人!?このカカシ先生はちょっと、いや相当キモい!
背筋にぞわりと悪寒が走り抜けるのを感じながら、この独白をずっと聞いていたらオレは自然に発狂出来る気がしてきて。
「あの、オレ黄桃じゃなくて、イルカなんですけど」
恐る恐る告げれば、カカシ先生は、ははっと爽やかな―――イメージ的にはガイ先生と被る笑い方をしてみせるではないか。
「何を言っているんだ、黄桃。お前はどう見ても黄桃じゃないか」
「いや、だから黄桃違いますって。オレはイルカです。もしかしてどこかで頭でも打ったんですか、カカシ先生?」
「・・・黄桃、『イルカ』とか『カカシ先生』とか何のことだ?」
「だって、オレはイルカだし、アナタはカカシ先生でしょう?」
「オレは白桃だ。どうしたんだ、さっきから何を言っているんだ黄桃?」
いつしかオレは白桃と名乗った相手に肩を掴まれ、がくがくと前後に大きく身体を揺さ振られていた。
それがまた力加減を一切されなかったので、段々気分が悪くなるのを感じながらも必死に言い募る。
「オレ、黄桃じゃないです!人違いですっ!!」
「そんな訳ないだろう!そのチャーミングな黒い瞳、鼻の上の愛らしい傷、それに思わず吸い付きたくなるキュートな唇!!」
「ギャー!ナニ言ってんだアンタ?!」
全身に、一気に鳥肌立ちました。うえ、キモい。キモ過ぎる。流石のカカシ先生でもここまでは言わない筈だと漸くオレも理解する。
がくがくと揺さぶられたまま、オレはカカシ先生激似の白桃さん(なんとなく敬称を付けてみる)相手に自分が黄桃でないことを懸命に伝えた。
そしてその手が肩から離された時、「そうですか」と呟いて大きく項垂れた白桃さん同様、オレも大きく項垂れることになった。
・・・容赦なかったんだよ、さっきの。今、気を抜いたら本気で吐きそう。
思わず口元を押さえるオレに、白桃さんは「すいませんご主人様、勘違いしてしまって」とひとしきり謝ってくる。その後で、何故か訊いてもいないのにぽつりぽつりと自らのことを語り始めた。
「オレは白桃の精。オレは白桃を愛してやまない人の元に現れて、願い事を三つ叶えるのを生業としている精霊なんです。実はオレの恋人も精霊でして。黄桃の精―――オレは黄桃って呼んでいますけど、兎に角可愛い奴なんです。もうアイツがそこに居るだけでオレは・・・」
内容的に突っ込みたいところも山のようにあるのだが、それ以前にこのまま放っておくと寒気がするほど熱い黄桃語りが始まってしまいそうだったので、慌てて「黄桃って人、急に居なくなったんですか?」と水を向ける。すると白桃さんは明らかにがっくりと肩を落としてしまった。
「ええ、お恥しながら少し前に喧嘩をしまして」
「喧嘩ですか」
「はい。黄桃は人気があるからオレよりもよく呼び出されるんです。でもアイツ、ちょっと抜けているところがあるから心配で。そのことを言ったら喧嘩になってしまったんです。アイツにしてみれば余計なお世話ってところだったんでしょうけど、以前にも色々危ない目に遭っているから、オレも譲れなくて」
「危ない目?」
「御主人からセクハラを受けるのはまだいい方で、押し倒されて危うく強姦されかけたこともあるらしいんです!アイツは無自覚に相手を惑わすようなところがあるから!!」
わなわなとその身を震わす白桃さんに、オレは眩暈を覚えずにいられない。オレ似のヤツが、そんな対象になるということ自体が信じられないんだが。
でもまあ、世の中には物好きな人間も少なからず居るんだな、と遠い目をしたくなるオレの前で、白桃さんはどこか悄気たように零す。
「黄桃が居なくなってから、アイツがどれだけ自分にとって大事な存在だったのか、改めて気付かされたんです。アイツが居ないと、生きているのに内側からどろどろと腐り落ちていくみたいな、そんな心持ちがして。オレはアイツが居ないとまともに生きてさえいけないと、漸くわかりました」
自嘲気味に笑う白桃さんを目にして、オレは気恥ずかしい思いに駆られていた。大体、カカシ先生と同じ顔でそういうことを切なげに言うのは反則だと思う。だって妙にサマになってるんだもんな、顔はいいから。
しかし、黄桃ねぇ。その名前、どこかで聞いたような気がするんだよな、つい最近。いや・・・ついさっき?
そこまで考えてはたと気付く。さっきカカシ先生は、「黄桃の精」とか何とか言ってなかったか。あんまりムカついていたから、相手の顔までは見なかったけど。
「もしかして、さっき一緒に叩き出したの・・・黄桃?」
「ご主人様、黄桃の行方を知っているんですか!?」
オレの呟きに、瞬時に反応した白桃さんに少々気圧されつつ。
「あの、もしかしたらさっきまでここに居た、かもしれない・・・」
確証は持てないけど、とはとても言い出せる雰囲気ではなかった。カカシ先生に押し倒されてましたよ、という余計なことも。
それほど、白桃さんの顔は怖いくらいの迫力に満ちていたのだ。
「どこに行ったんですか?」
「多分、まだカカシ先生のところに居る・・・の、かな?」
「わかりました。行きましょう御主人様!」
「え、なんでオレも?」
「オレ達精霊は、願い事を全部叶えるまで一度契約した御主人様から離れられないしきたりなんです!」
「そんなモンなの?」
「そんなモンです」
大真面目に頷かれてしまえば、今迄精霊を呼び出したことのないオレはそんなものなのかと納得せざるを得なくなる。
「オレの手を握っていて下さい」
白桃さんに言われるまま差し出された手を取ると、すぐにふわ、と身体が宙に浮く感覚が生じて、気付いたらオレ達はカカシ先生が住むマンションの部屋の中に立っていた。
それに呆気に取られるオレは、同じく呆気に取られたような顔をしてこちらを見つめるカカシ先生と目があった。
そして、その身体の下には、オレとそっくりの顔をした―――多分、黄桃と思しき相手が、フローリングの床に仰向けで寝転がっているのが見えた。そのデジャビュのような光景に、オレはこめかみの辺りがピキリと音を立てて引き攣るのを感じた。
「・・・何やってんだ、アンタ!」
カカシ先生の身体を真横から思い切り蹴飛ばしてやれば、カカシ先生は面白いほど見事に床を転げていき、壁にぶつかって漸く止まった。
なんでこの人はこんなに懲りないんだろう、とオレは思わず溜息が漏れる。
「だ、だってアイツ、イルカ先生に似てるから!オレ、イルカ先生が居ないと生きていけません!!」
床に転がったままそう言ったカカシ先生は、そのまま両手で顔を覆ってえぐえぐと泣き出す。
ああ、なんかウザいし疲れるんだけど・・・でもこっちの方がまだマシな気がするな、精神的に。
「黄桃、大丈夫か!」
オレが余分なことを考えている間に、白桃さんが床に倒れていた黄桃に駆け寄っていた。しかし黄桃は、助け起こそうとする白桃さんの手をパシっと払い退けると、寝転がったままぷい、と顔を背ける。
「わざわざ何しに来たんですか。どうせ、アナタの言う通りになってるオレを笑いにきたんでしょう?」
―――お前、ここにきてまだそんなことを言うか?ていうかお前のその言い草と仕草、異様に腹立つんだよ!同じ顔だしな!!
いっそ殴ってやろうかとも思ったが、白桃さんはその払われた手で黄桃の手をぎゅっと握った。そして黄桃を真っ直ぐ見つめながら、あくまで紳士的に語りかける。
「そんなつもりはない。お前が人一倍頑張っていることは、オレが誰より知っているから。・・・この間は酷いことを言って悪かった。でも、こんな風に急に居なくなったりしないでくれ。オレはお前がいないと駄目になるんだ。可愛い黄桃、お前が傍に居ないと」
「白桃さん・・・!」
感極まった、という様子で、黄桃と白桃さんはがっちりと固く熱い抱擁を交わす。
直後、お互いしか見えていないようにねっとりと濃厚なキスが始まった。
最早、オレやカカシ先生が居るってことも完全に頭の中から抜け落ちてしまっているんじゃないだろうか。
自分達と同じ顔、ということもあって、とても直視出来ないし、なんなのコイツら有り得ねぇよとも思うんだけど、でも。
ちょっとだけ、羨ましい、かも?と思わないでもない。・・・ま、ホントの本っ当にちょっとだけなっ!
なんて言い訳がましく思っている間に、目の前の二人(と呼んでいいものかどうか不明だが)の空気がちょっとずつ変わり始める。
なんとなく如何わしいというか、もし色を付けるとしたら桃色ピンク系?まあ兎に角、白桃さんが黄桃の上にガバっと覆い被さって何かしら挑みかかろうとしているのを見た瞬間、オレは思わず叫んでいた。
「アンタら、サカるならどっか他所でやれっ!」
同じ顔のヤツに目の前でそういうことをやられた日には、こっちは本気で居た堪れない。しかも、そんな二人の様子を見たカカシ先生が何を勘違いしたのか「じゃあオレ達も・・・!」と鼻息も荒く足元に擦り寄ってきたモンだから、もう一発横っ腹に蹴りを入れて早々に黙らせてやった。
そんなオレ達の様子に精霊二人は互いに顔を見合わせ、くすくすと潜めた笑いを漏らしながら「すいません」と口々に言って。
「でも、黄桃があんまり可愛いから」
「もう、白桃さん!」
変わらず二人だけの世界を形作っているのを目の当たりにして、オレは悪寒を覚えると同時に身悶えしそうになった。
くそ、なんで見ているオレの方がこんなにダメージを受けにゃならんのだ!
全身を血が出るほど掻き毟りたい衝動に駆られるオレの前で、突然白桃さんが「あ、そうだ」と声を上げた。
「オレ、まだ御主人様の願い事を聞いていませんでしたよね。自分のことにばかり夢中になってすいません。どうぞ、願い事を三つ仰って下さい」
オレの方へ向き直って膝を折り、恭しく頭を垂れる白桃さんに、床に転がって腹を押さえるカカシ先生がイヤミっぽく言う。
「どうせソイツ、碌な願い事叶えられませんよ」
「白桃さんはすごい精霊なんですっ!オレと違ってどんなすごい願い事だって叶えられますっ!!」
白桃さんの背後から間髪入れずに黄桃が噛み付く。それに対して更に噛み付こうとしているカカシ先生を少しの間黙らせようと、オレは改めて横っ腹に足を投下していた。
しかし願い事ねぇ。急に言われてもすぐには考えつかないな。
「イルカ先生酷い・・これは流石にあんまりじゃないの・・・?」
悩むオレの足の下で、身体をダンゴムシのように丸めながらカカシ先生がぐずぐずと涙声を出している。
それを見ていたら、案外あっさりと願い事が決まってしまった。
「えーと、じゃあまず、アナタ達二人の記憶をカカシ先生の中から消して下さい。それで二人と出会う前まで時間を戻して、それから・・・」
オレは跪く白桃さんの耳元に口が届くよう腰を折ると、そのまま最後の願い事を囁いた。
それに対してカカシ先生が「あぁっ!?」と悲痛な声で叫んだが、完全に無視した。
そして一方の白桃さんはといえば、オレの願い事を聞くやいなや、驚いたような、けれども明らかに戸惑った顔付きをみせる。
「・・・そんなのでいいんですか?」
「ええ、それでいいんです」
断言すれば、白桃さんは少し考えるような素振りを見せてから。
「じゃあ、折角だからオプションをつけておきましょうか。御主人様にはお世話になりましたし」
「オプション?」
なんだそりゃ、と訝るオレに、「ちょっと、いい感じにするってことですよ」と白桃さんは含み笑いをする。
結局、最後まで内容は教えてくれなかった。
「ねぇ、オプションとか何のハナシ?それより何をお願いしたの?」
カカシ先生がすかさず食いついてきたが、「アンタには関係ありません」と突っぱねてやったら、足元で拗ねたようにブツブツと零す声がする。
鬱陶しいな、とオレが再び足蹴決行を検討し始めたところで。
「では、オレ達はそろそろ帰ります」
「色々ありがとうございました」
いつの間にか指同士を絡めるようにして手を繋ぐ白桃さんと黄桃がそれぞれ声を掛けてくる。
その身体が薄く透けてゆき、徐々に空気へと溶けていくのがオレの目にもわかった。
その二人に、何と声を掛けようかと考え、オレは取り敢えず。
「・・・もう喧嘩はしないように」
痴話喧嘩なら余所でやってくれ、という思いと共に告げれば、二人共顔を見合わせてにっこりと微笑みながら頷く。
・・・多分、伝わってないだろうな、コレ。
そして二人の姿が完全に室内から消えた直後、突然ぐにゃりと視界が歪んだ。すぐに目の前の空間が奇妙にたわみ、身体が後方に引っ張られていくような感覚が生じる。
どうやら、オレの願い事が発動されるらしい。
それに目を閉じて、その時が来るのをオレは大人しく待つことにした。





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