モドル | ススム

● やっぱり犬がすき? ---  ●




そしてカカシの犬になることを承諾したイルカは、早速カカシから約束と称した三つの決め事を告げられた。

まずひとつが、仕事が終ったらまっすぐカカシのマンションに来ること。
「本当は玄関で出迎えてくれたら嬉しいけど、多分オレの方が終るの早いですからね。何か用事がある場合は、事前に通しておいて下さい。大事な子が戻らないとどうしたって心配しますから」

ふたつめは、カカシの部屋では犬耳と尻尾、犬語で通すこと。
「犬なら、ここは外せないっていうか。それにその姿、すごく可愛いですし」

そして最後に、カカシの言うことには必ず従うこと。
「オレの犬なんだから、当然だよね?」

それら理不尽ともいえる要求にも、イルカは逆らえなかった。
自ら犬になることに同意したのだ。もう後戻りは出来ない。
全ての条件を呑んで頷けば、カカシはその顔にイルカが好きなやさしげな笑みを浮かべた。
「じゃ、ちょっと待ってて」
そう言いながら、一糸纏わぬ姿で部屋の外へ出ていく。
きゅっと引き締まった尻に残る噛み痕がドアの向こうに消えるのを最後まで眺めてから、イルカは大きく溜息を付いていた。
昨晩から様々なことが、一気に目まぐるしく展開している。
カカシに告白して、フラれたと思ったら、何故か犬として傍に居られることになって。元々容量の少ないイルカの脳内は既にいっぱいいっぱいだった。
これから先のことを何ひとつ考えられないのもその所為だろう。
「くぅん(これからどうなっちゃうんだろ)・・・」
イルカがもう一度溜息を吐いたところで、部屋の扉が再び開かれた。
中に入ってきたカカシはきちんと服を着、その手には昨日イルカが脱ぎ捨てたと思しき忍服一式を持っていた。それを受け取ろうと手を伸ばせば、「ダメ」と言ってカカシが服を高く持ち上げる。
それに、イルカは訝りながら。
「わう(なんでダメなんですか)?」
「イルカ先生は犬なんだから」

・・・もしかして、服を着るなと言いたいんだろうか。まさかとは思うけど、全裸でアカデミーに行けと?

自らの考えに、イルカの血の気は下がる。
温泉のような公共浴場でならいざ知らず、里内でこのような粗末なものを晒して外に出ようものなら、露出魔として公然猥褻罪の確定は免れないだろう。そうなれば、今迄アカデミーで培ってきた子供達や父兄からの信頼を失うだけでなく、同僚達からは白い目で見られ、そして上からは教師として不適格と判断され、職も社会的地位も失う・・・。

―――嗚呼、犬になるなんて安請け合いするんじゃなかった!

そこまで一気に考えたイルカが心の底から絶望していると。
「服はオレが着せてあげるんです」
カカシが満面の笑みで、手に持っていたアンダーをイルカの頭に通した。
突然のことに、アンダーの中から頭を出したイルカが目を白黒させているのを余所に、またものんびりした声が掛る。
「はい、じゃあ今度は両手を挙げて〜」
その声につられるようにおずおずと両手を持ち挙げれば、カカシは片腕ずつ手早く袖を通し、胸の辺りで蟠っていた裾をすとんと下まで引き下ろした。
「はい、いい子だね。じゃあ次は下を穿こうか」
そうしてカカシの手によって、下着と下衣も身に纏う。
そんなことをされてイルカとて恥ずかしくなかった訳ではない。しかしながら。
「何でも言うこと聞くって約束、しましたよね?」
早速決め事を持ち出されれば、イルカはぐっと堪えるしかなかったのだ。
そしてベッドに座らされて片脚ずつきちんと脚帯を巻かれ、ベストを羽織らされる間も、カカシはいやに楽しそうだった。小さく鼻歌のようなものが漏れていたのもイルカは知っている。
そうして服を一通り身に付けたところで。
「後は、きちんとブラッシングもしないとね。髪の毛ぼさぼさ」
忍服と共にカカシが用意していたブラシで髪を梳かれる。
髪を梳かれながら、時折カカシの細い指がイルカの頭に触れ、撫でるように滑らされる。それはなかなかに心地良く、イルカはこの行為が犬にするブラッシングなのだと忘れそうになったほどだ。
そしてカカシはイルカの髪をいつものように頭の天辺でひとつに纏めると、髪紐できちんと結わえた。
「んー、本当はリボンとか付けたいとこなんですけどねぇ」
背後でぶつぶつと零すカカシの言葉は聞こえなかったことにする。
そうしてカカシの手によって身支度を整えられたイルカは、二日酔いを理由に朝食を辞退した。
それでも玄関先では甲斐甲斐しい様子で額当てを巻かれ、靴を穿かせてもらった上にショルダータイプの鞄までもカカシの手ずから肩に掛けられる。
「じゃあ、寄り道せずに帰ってね。あんまり遅いようなら迎えに行きますから」
最後に、どう聞いても冗談のように聞こえない調子で告げるカカシに見送られ、引き攣る笑顔を返したイルカが玄関を出た瞬間。
すっと何かが引いていく感じが、イルカの身体に生じた。
咄嗟に犬耳のあった辺りに手を伸ばせば、そこには毛も生えていない、ごく普通の人間の耳があった。
すぐに尻に手を遣れば、下衣の中に無理矢理押し込まれてもこもこと膨れていた尻尾がすっかり消え失せていた。
「戻ってる・・・」
呟いた言葉も、もう犬のものではない。
カカシの言った通り、この部屋の中でだけ犬のようになるらしい。
上忍の力の程を目の当たりにし、改めて感心と呆れの混じるものを覚えながら、既にぴったりと閉まったドアを振り返る。
二日酔いの症状は最早消え失せていたが、それにも増して圧し掛かる心労に、イルカはもう何度目になるかわからない溜息を吐いていた。






モドル | ススム

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system